【鏡の中の自分】
鏡の中の自分をじっと見張ってみる。
何かおかしなことをしないかと。
勝手に片手を上げるとか、両目を閉じるとか。
実際にはそんなこと起こらないわけだけど。
それでも。
ちょっとした妄想が日々を楽しくしてくれるって、私は思っているから。
長いです。1,400字ほど。
────────────────────
【眠りにつく前に】
毎晩、眠りにつく前に、今日こそは夢を見ませんようにと願う。まあ、なかなか叶わない願いなんだけど。
何年も前から見続けている奇妙な夢。
ひとりの少年が旅人に拾われて、一緒に旅をしながら、魔法を覚え、剣の扱いを身に着け、立派な戦士になっていく夢。
少年の顔は、昔、川で行方不明になった兄にそっくりで。名前まで同じで。
もしかしたらお兄ちゃんが生きていて、異世界で旅をしているのかもと思ってしまう。
だけどそんな話、両親に聞かせても悲しませるだけだ。
私だって、夢で姿が見られるだけで、こちらから話しかけられるわけじゃない。
そもそも私の妄想なのかもしれないし。
見ていても何もできない。
夢の中の少年が怪我をしても。
一緒にいたはずの旅人が、いつの間にかいなくなっていても。
だったら夢なんか見ない方がいい。
そう思うのに、毎晩のように、お兄ちゃんそっくりの少年が姿を現した。
子供っぽかった少年が、青年になって。すごく強くなって。友達ができたり、その友達と離れたり、女の子と良い雰囲気になったり……
そんな姿を私に見せられても困ってしまう。
お兄ちゃんがいなくなってから、両親は私に優しくない。
特にお母さんは、私よりお兄ちゃんがここにいればと思っているのがわかってしまった。
進路について、私が進みたい道を反対されて。両親と言い争いになって。とうとう言ってしまったのだ。
「私はお兄ちゃんじゃない」
「お兄ちゃんの代わりにしようとしないで」
「私がいなくなれば良かったんでしょう!?」
私は家を飛び出して、気付いたら河原にいた。お兄ちゃんがいなくなった、あの川の傍らに。
水の中で何かが光った。
呼ばれている。
そう確信して、私は川に入った。
慎重に、一歩、二歩。三歩目は大して深くないはずの川底に足がつかなかった。
溺れそうになった私が水面から顔を出したら、目の前にあったのは、見知らぬ街の広場。
私はそこの噴水でずぶ濡れになっていた。
石造りの背の低い家が並び、ビルなんて見えないし道は石畳。
何事かとこちらを振り返った人の服装は現代日本のものじゃなかった。
荷物を運ぶロバまでいた。
夕方だったはずが、昼になっている。
「アンタ、大丈夫か? 一体どこから……」
心配そうに話しかけてきた黒髪の青年。
その姿はずっと夢で見守ってきたもので。
「……お兄ちゃん」
青年の焦げ茶の目がまん丸になった。
「まさか……あずさ、か……?」
「……うん」
「なんで……」
なんでと言われて、少し言葉に詰まった。
日本にいるのが、あの両親と暮らすのが、辛くなったからだとは言いたくなくて。
私は無理して笑ってみせた。
「追いかけて来ちゃった」
「お前……もう10年近く経つんだぞ?」
「そうだね。今更、だけど」
お兄ちゃんは私を魔法で乾かし、宿に連れて行ってくれた。そしてすごく困った顔で「これからどうする?」と尋ねてきた。
「俺は冒険者で、旅をしてて、結構危ない旅だから、一緒にいるのは……」
「知ってる。ずっと、夢で見てたから」
お兄ちゃんの旅の仲間が私を《鑑定》してくれて、私には魔法の才能があるとわかった。それも治癒魔法の才能だ。
私は魔法を教わりながら、お兄ちゃんと半年ほど旅をした。
そして、ある村の治療院で治癒士が足りないと聞いて、そこで暮らし始めた。
お兄ちゃんからは毎月のように手紙が届く。
年に一度くらいは会いに来てくれる。
同じ世界にいるからか、離れていても、もう夢には見なかった。
今の私は、眠りにつく前に、ただ兄の無事を祈っている。
【永遠に】
あとで書けたら書くといって、書いていないお題がいくつかありますね
たぶんもう、書けない(書かない)んじゃないでしょうか……
【理想郷】
ひとりひとりの考え方も正義も違うから。
みんな幸せになれる理想郷なんてなくて。
できるのは『全員がちょっとずつ不幸な世界』だけだ、なんて。
そんな話をどこかで聞いた。
ものすごく不幸な人を出さないように、少しずつ不幸を分かち合う世界。
優しくても誰も満たされない世界。
一体、いつどこで聞いた話だったかなぁ。
長めです。1,100字くらい。
────────────────────
【懐かしく思うこと】
世界というのは意外と穴だらけで、その穴がふいに繋がることもあるらしい。
私は十二年前にこの世界に落ちてきた。
魔法があって魔獣がいる世界だ。
危険は多いし苦労もした。
話す言葉は通じたものの、文字は読めなかったから勉強も頑張った。
たまたま良い人に拾われて、色々なことを教えてもらった。
私には氷の魔法が使えたので、魚屋さんや冷たい飲み物を出す店に氷を売る仕事をしている。
勇者にも聖女にもならず、派手な刺激はないものの平和で穏やかな毎日。
友達もいるし、悪くない生活だ。
だから、日本に帰れると言われた時、最初に感じたのは『何を今更』という気持ちだった。
故郷を懐かしく思うことと、実際に帰りたいかどうかは違う。
日本でも十二年経っているのかもしれないと思えば手放しで喜ぶことなどできなかった。
私はあちらではもう死んだ人間なのでは?
帰った所で何ができる?
私には学歴もないのだ。
友人も家族も私の扱いに困るだろう。
「えっと……別に帰らなくていいです」
国一番の魔法使いとかいう賢者様がきょとんとした顔で私を見ていた。
「何故? 恋人でもいるのか?」
「いませんよ。ただ、積極的に帰りたいとは思っていないだけです」
私の返答は賢者様には衝撃的だったらしい。
「異世界人は皆帰りたがるものだとばかり」
「でも帰っても苦労しそうですし……」
「ならば頼みがある」
「はい?」
「魔法に頼らない暮らしというのがどんなものか、俺に教えてくれないか?」
「……構いませんが」
科学技術が発展していないこの世界で、私が何か説明した所で役に立つとは思えなかった。
でも、賢者様は好奇心だけで異世界のことを知りたがったわけではないらしい。
剣と魔法の世界ではあるけれど、希に魔法が使えない人も存在する。
賢者様はその人たちの暮らしを少しでも楽にしたいと言う。
「ドライヤーは温風が出る機械です。この風は熱風です。これでは髪が焦げます。あと、火傷しそうになりました」
試作品の魔導具を前に私がそう指摘すると、賢者様は「むう」と唸って眉を寄せた。
「加減が難しいな……」
「もう常温の風で良いのでは」
「いいや。再現してみせるとも」
賢者様は食器洗浄機や掃除機、冷暖房に洗濯機など、様々なものを科学技術無しに作り出してしまった。
今では裕福な家には冷蔵庫があるし、食品輸送用の保冷馬車なんてものも存在する。
おかげでちっとも氷が売れない。
「どうした、ため息なんかついて」
「いえ、仕事がちょっと……」
「ああ。それなら君を俺の助手として雇おう」
私の生活は平和で穏やかなもののはずだった。
けど今は。
魔法以外はポンコツな賢者様と、十日に一度は何かを爆発させる魔導具技師たちに囲まれて、なかなかに刺激的な日々を送っている。