香水
「いいにおい。ままのにおい。」
夜寝る前のベッドの中。
最近しゃべり始めた娘が覚えたてのたどたどしい日本語でそう言った。
「ん?シャンプーの匂い?」
さっき一緒に入ったお風呂で付いた匂いかな?
そう聞くと、「ちがーう」とふるふる首を横に振る。
ぷにぷにの腕を私の首に絡ませ、小さな鼻先をうずめてくる。
「ままのにおい。あまーいにおい。」
くんくんくん
ずいぶん前から始まった夜寝る前の二人の儀式。
「ふふふ。わんちゃんみたい。」
私はふわふわの柔らかな娘を壊さないよう、そおっと抱き寄せた。
「わんわんわん。」
子犬になった娘の背中を優しく優しく叩いてやる。
とんとんとん
「わんわんわん。」
とんとんとん
「わんわんわん。」
じゃれつく子犬はなかなか寝ない。
私は母犬。辛抱強く、
とんとんとん。
とんとんとん。
とんとんとん。
「………………。」
ひとしきりふざけて遊んで静かになった。
娘にしか分からない私の匂い。
「それはどんな匂いがするのかな?」
寝息を立てる娘の柔らかな髪を梳(す)いてやりながら私は聞く。
もちろん返事はないけれど。
それはきっと、小さな可愛い怪獣を夢へと誘(いざな)う、魔法の香水なのだろう。
お題
香水
裏返し
穏やかで優しくていつも紳士的だったあなた
そんなあなたがある日を境に豹変した
私の話に急に黙り込み不機嫌になったかと思えば
話を遮ってまで別の話題を持ち出してきたり
挙句の果てにはタチの悪い冗談まで飛び出す始末
あんなに平穏で楽しかったあなたとの時間が近頃何だかギスギスしてる
気まずい雰囲気になるのが嫌で私はどんどん無口になっていく
前はどんな話にだって真剣に耳を傾けてくれたじゃない
そんなあなたが気になり始め、どんどん好きになっていったのに
最近のあなたは私といてもちっとも楽しそうじゃない
明るくて楽しくて天真爛漫でスタイルが良くて、おまけにちょっと天然で、しかもおしゃれで美人で色っぽい
控えめに言ったって最高の
俺なんか恐れ多くてとても手が届かない
ずっと憧れてるだけの遠い存在だったきみ
それがいつの日からか不思議と俺に懐いてくれて
仕事漬けだった俺の無味無臭の日常がきみの甘く妖しい香りに包まれていく
これは何かの間違いだ!と何度も自分に言い聞かせ
勘違いだけはしないようにとあれほど自戒していたはずなのに
きみは俺の懐に難なくするりと入ってきては、あっけないくらい簡単に俺の理性を奪っていった
他の男の話をきみが楽しそうにする度に、最近の俺は無性にイラついて
こんな風に感情を逆撫でされることに腹が立ってしょうがない
俺はいつからこんな小さくて情けない男に成り下がったんだ
スタイル維持のためにパーソナルジムに通うきみ
さっきからトレーナーのストイックな食生活についておもしろおかしく喋ってる
俺よりいくつか年上のそいつはトレーニングにかこつけて、俺より近くにきみを感じているんだろうか?
まさかそいつに口説かれてなんかいないよな
そんな想像が膨らんで、もう話なんか欠片も入ってきやしない
行きつけの美容院の年下美容師だってそうだ
年下のくせに何だか生意気なのよね、って拗ねたようなきみの顔
この前はそいつに「天然ですね」ってからかわれ、きみはムキになって否定したようだけど
教えてやるよ、天然の奴ほどムキになって否定するのがセオリーだってこと
そもそもな、そんな年下のガキにまでからかわれるような隙を見せないでくれ
ほんとなら今すぐにでもそう言ってやりたいのに
彼氏でもない俺にそんなこと言う資格も権利もなくて
ただただ俺は不機嫌になるばかり
参ったな
裏返しになってこんがらがっちまってるこの感情
表に返してゆっくり解いて告白するか
お題
裏返し
鳥のように
鳥のように綺麗な声で囀(さえず)って
君とおしゃべり出来たなら
私はどんなに幸せかしら
鳥のように柔らかな羽毛を纏(まと)う私を
君がその手で包んでくれたら
私は天にも昇った気持ち
鳥のように小さいけれど
鳥のように儚(はかな)いけれど
そんな願いが叶うなら
今すぐ君へと飛んで行く
鳥のように
鳥のように
お題
鳥のように
さよならを言う前に
愛着障害(回避依存タイプ)
ASD
アダルトチルドレン
好き避け男子
ツインレイ
さよならを言ったあと、あなたの特徴を検索したら出てきたこれらの言葉たち。
さよならを言う前に知ることが出来ていたら、未来は変わっていたのかな。
お題
さよならを言う前に
空模様
今日は空模様が不安定。
さっきから遠くで雷がゴロゴロ鳴っているせいでキミが不安そうに見つめてくる。
伏せた姿勢。上目遣いの何とも言えない頼りない表情で。
配達人を困らせるいつもの勇敢なキミはいったいどこにいってしまったの?
気まぐれに自分から近付いてきてはボクの身体にお尻をくっ付けるキミ。
寝息を立てて幸せそうに眠るその姿にボクの方が幸せになる。
だけど、何度言い聞かせても雷だけは苦手だね。
嬉しいような可哀想なような、でもやっぱり嬉しい、けど可哀想。
「いいよ、おいで。」
ボクはブランケットを軽く振ってみせ、キミの名を呼んだ。
申し訳なさそうに低い姿勢で近付いてくるキミ。
のそりとボクの足に手を掛けると勢いよく胸に飛び込んできた。
ボクはブランケットでふわりとキミを包(くる)んで抱きしめた。
小刻みに震えるキミをブランケット越しに優しく撫でる。
キミの熱とブランケットの温もりでボクの体温は一気に上昇する。
真夏の蒸し暑い夜の死闘が始まる。
ボクはキミを守るためにこの暑さに耐え抜いてみせる。
あぁ雷よ!早くどこかへ行ってくれ。
雷嫌いの愛犬デュークに捧ぐ
お題
空模様