アップリュー

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2/2/2026, 1:20:55 PM

[勿忘草]

嫌い。嫌いよ、あなたなんか。
私の心の中にズカズカ入ってきて。
 
「君は今日も美しいね」
 
「あなた、毎日同じことを言っているけれど。飽きないのかしら?」
 
「飽きるなんてとんでもないよ!君の美しさは一日二日で言い表せるものではない!」
 
「………変な人」
 
最初からおかしな人だった。
私がどれだけ冷たくしても、そっけなくあしらっても、愛おしそうに私を見て笑った。
 
「ねぇ、私みたいな愛想のない女に構わないで、別の女のところに行けばどう?」
 
そう言うと、彼は少し目を見開いた後、眉をへにゃと歪ませて少し悲しそうな顔をした。
 
「他でもない君が、俺の愛を否定しないで欲しい」
 
私の目を真っ直ぐ見つめて。
 
「俺は君しか愛せないし、愛そうともしない」
 
「…………そう。あなた、顔だけは良いから。てっきり他に女を誑し込んでると思ってたわ」
 
「ひどいなぁ」

 
私、あなたに何もしてあげれなかったし、優しくもなかった。
なのに私を見るだけで、自分がこの世で一番幸せですみたいな顔して。

「ほら見てご覧。勿忘草だ。綺麗だなぁ」
 その日は温かくていい天気だった。

「知ってるかい?この花の花言葉を」
 
「知らないわ、花言葉なんて。女々しいだけじゃないの」
 
「はは、そう言うと思ったよ」

なんでこの花を私に見せたの。
  

 
「心臓がね、昔っから悪くてね」
 
雨が降って、ジメジメした嫌な日だった。
あなたはいつもみたいに笑った。
 
「そこの、そう、その引き出しに手紙があるから、」

 俺が死んだら、読んでくれる?

 ひくりと、喉が震えた。
 

 
いつも飄々としていた彼は、あっけなく死んだ。

  
棺の中のあなたは、ひどく静かで。
軽口を叩くあなたが、少し名残惜しい。
 

葬式が終わった後、彼に言われた通り、引き出しを開けた。
中には一通の手紙と、押し花が挟まれていた。青い、小さな花。

その手紙には、
 
"愛している。君が俺を忘れない限り"
  



「この花の花言葉はね、"真実の愛"、"誠実な愛"…」
 
「……あなたが好きそうな言葉」
 
「俺のことをよく分かっているじゃァないか」
 
そう言って、あなたは勿忘草を私の掌に置いた。
 
「それとね、」
 
「"私を忘れないで"」
 

 最後まで私の中に居座るのね。
………だいっきらい。

2/2/2026, 10:05:04 AM

[ブランコ]

昔からブランコが好きだった。

僕の家は、母子家庭だった。
母は帰ってくるのが遅かった。家に帰るといつも一人で、学校の宿題を終わらせていよいよ暇になってくると、家の近くの公園で遊んだ。
僕はその公園のブランコで遊ぶのが好きだった。
学校や、その近くの公園で遊ぶ時はいつも誰かに取られていて、僕が遊べることは滅多にない。
だから、夕暮れ時の、しかも住宅街から少し離れたこの小さな公園のブランコは僕だけの物だった。

少しひんやりした木製の板に腰掛け、鎖を握る。
足を前に投げ出す。ゆらゆらと揺れる。
背中を反らすと、鎖がキィキィ軋んだ。
そのまま漕いでいると、だんだん足と地面が遠くなっていく。風が頬を撫で、まるで自分が飛んでいるような錯覚を覚える。

ぼくは今、世界の誰よりも自由だ!

そんな馬鹿なことを考えるほど、僕はブランコに魅了されていた。

いつからだろう、見向きもしなくなったのは。

当然のことなのかもしれない。人はいつか大人になっていくのだから。小さな公園のブランコよりも最新のゲーム機の方が、最新のゲーム機よりも受験の方が、良い企業に就職する方が、業績を上げて昇格して、金を稼ぐ方が……。
大人になった僕は、もうブランコなんて気にも留めなかった。

「あなた、少し疲れてるんじゃない?」

久々に実家に帰ると、少し老けたように見える母が心配そうに言った。
大丈夫だよ、と誤魔化す。
それでもまだこちらを心配そうに見つめる母に、心がチクリと痛んだ。

金、金、金、、、
滑稽だ。
いつも金のことばかり考えている生活に嫌気がさす。
目先の欲に囚われる上司。
必死に媚を売る同僚。
いつからだろう、目を閉じても浮かんでくるのは数字ばかりになったのは。
母を少しでも楽にさせたいという思いで大企業に就いて、必死に仕事をして金を稼いでいた僕は、いつの間にか金そのものに縛られていた。

窓の外に目をやる。夕暮れの空だった。
オレンジ色に染まる景色を見ていると、理由もなく、あの小さな公園のことが頭に浮かぶ。

実家を出て、あの小さな公園に足を向けた。夕暮れ時の空気が肌を撫でる。ブランコは、静かにそこにあった。

フラフラと近づき、そっと座る。木製だったブランコはいつの間にか丈夫なゴム製になっている。その椅子は、成長した僕にとっては少し窮屈だった。

首元を風が通り抜け、息を吸うたびに冷たさが肺を刺した。
地面から体が離れて、空へと向かう。
空を蹴るみたいに足を伸ばす。
なんて懐かしいあの感覚。

――あの頃の僕は、何を考えていたんだっけ。

「………転職しよ」

嗚呼、僕はきっと今、世界の誰よりも自由だ。