明日が来るのが嫌だから、夜眠るのが嫌だから、夜中になるといつも散歩をした。
時々車が走っているくらいで、どの家にももう明かりはついていない。
こうしているうちに、あの木と木の隙間から、路地から、電柱の影から、コンクリートブロックの上から、何か到底人とは思えないような何かが現れて、ぱくっと私を食べてくれやしないかと思う。明日が来るのが嫌だから、夜眠るのが嫌だから。
前にも後ろにも進めない、上から叩きのめされて地面にめり込まされるような、なんだかそんな毎日が、もう繰り返されるのが嫌だったから。
もしもその怪物が現れたなら、少なくとも、明日が来るのが嬉しくなるかもしれない。生きててよかったと安堵するかもしれない。
だるだるのスウェットと、てろてろのTシャツ。お風呂上がりに乾かすのも諦めた髪の毛が、夜風に吹かれてなんとなくぼさぼさと乾かされていく。
行く宛もない。何も無い。なんとなく疲れている。終わったらいいなと思っている。
とぼとぼと歩いていく先、街頭が影を作って、その影が動いたような気がして。
まさかね、なんてほんの少しだけ期待して顔を上げた先に、大きな大きな黒い塊があった。
私の視界を埋め尽くして、夜の空の代わりみたいに。
ざあ、と葉っぱと葉っぱが擦れる音がして、風が吹いたんだなと思って、眼の前の黒が動くのを見守った。
毛が生えている。獣みたいだ。でも私の知る限り、ここは熊とかそんなんが出る地域じゃない。熊っぽい姿形もしていない。
一本一本が固くて太い毛。至近距離だけれども、獣らしい匂いはしなかった。
唸るような、呻くような、溜め息のような声が真上から降ってくる。目があった。美しい緑色の目だった。ゆっくりと、口らしいものが開かれていく。
「……えへ、」
思わず笑った。そいつの口の中は、別に牙も、舌もない。内臓らしい妙なてかりや、涎もない。
「えへ、えへへへへ……えへ………へへへ……」
高揚している。身体が熱い。ほっぺたが特に燃えるように熱い。
私の笑い声に、塊は動くのをやめた。ぴたりと静止したそれの口の、恐らく人間で言う唇の辺りに、私は手を添える。好奇心と、高揚する勢いのままに口の中をよくよく覗き込むように頭を突っ込めば、そいつはゆっくりと慎重に私から離れながら口を閉じた。
きゅう、と口を閉じたそいつが、少しだけ困惑したようにこちらを見ている気がした。緑色の目が、きょろんと私と、それから直ぐ側の路地を見比べる。
「……食べないの?」
きゅう、と今度は口がすぼんだ気がした。
しゅるしゅると音を立ててそいつは路地へ入っていく。私をじっと見つめたままだ。
「ねえ、明日も来て」
見つめ合ったまま。
「明日も来てよ、お願い」
思っていたよりも甘えたような声が出た。
酒を飲んだ。
今夜こそ、怪物になってやるぞと意気込んでいる。
多少頑健な己の体は、一缶じゃあ少しも本性を表さない。
二缶。
三缶。
中身を空にして、落ちてくる水滴でだるだるのパジャマが少しだけ濡れる。
怪物が奥の方で頑張って猛っているのが分かるけれど、一週間働いた身体がもたない。
怪物を――ワガママと、子供っぽさと、大きな声と、とてつもないパワーと、なんだかそんなものばっかりをかき集めた――眠気が強く押しつぶす。
氷が溶ける音がする。