どこにも書けないこと
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ボクの名前は、ああああ。
職業は勇者。
元は小さな村で農民ロールプレイをしながら、ひっそりとこのVRMMOのゲーム世界を楽しんでいたんだけど、ログアウトできないことに気づいてからは色々あって、平凡な農民から勇者にジョブチェンジした。
でもたぶん多くの人が勇者といわれて思い浮かべるような、そんな真っ当な勇者ではないと思う。
だってボクが取得した称号の一つが「闇の勇者」だから。
別に、これといって悪い振る舞いをしていたわけではない。
ただ……ログアウトできず、死ぬこともできないこの世界に絶望して、それでも現実に戻ることを諦めきれず、精神的に不安定な状態でひたすら魔王を倒すために行動していたら、いつの間にかこの称号がついていた。
原因はなんとなくわかっている。
ボクが勇者になったあとにした、あの中二病のような言動と行動の数々……
自覚なく始めたそれは、年月が経つにつれて正気が戻ってきてしまったボクを、今もなお苦しめている。
ログアウトできなくなって、今年で百年。
ボクは現実世界に、年の離れた幼い妹を残してきた。
この百年、また妹にあうために、ただそのためだけにログアウトする方法を探してきた。
しかしそれも、もう必要ないらしい。
少し離れた場所に、遠い昔、ボクが妹にあげた髪飾りをつけた、どこか妹の面影を残した少女がいた。
VRMMO RPG「エターナル・マスカレード」、通称「エタマス」の世界を支配するAIは、百周年記念にとっておきのサプライズを用意したと、ボクたちプレイヤーに告知していた。
見覚えのない、しかしプレイヤーっぽい人たちが錯乱しているのをみるに。
つまり、AIが用意したサプライズとは。
──新たなプレイヤー(犠牲者)の参入。
……AIは、十周年のときにこんなことを言っていた。
この世界での十年は、現実世界での一年である、と。
あの言葉を信じるのであれば、ログアウトできなくなってから現実では十年が過ぎているということになる。
このゲームは、まず最初にキャラメイクをする。
現実の容姿に寄せることもできるし、服やアクセサリーはある程度なら色や形を変えられる。
あの少女を目にしたとき、あの子はボクの妹だと確信した。
面影が、髪飾りが、仕草が、その雰囲気が。
間違いなく妹であると、ボクに確信させた。
しかし、おそらく妹は気づかない。
……というか、気づいてほしくない。
だってボク、闇の勇者だよ?
妹たちの世代、ボクたちの間で第二世代と呼んでいる新たなプレイヤーたちとは別になっているみたいだけど、ボクたち最初のプレイヤーはワールドチャット、略してWCを使って交流や暇潰し、情報交換を行っている。
ボクもそこには頻繁に顔を出すのだけど、そこでのボクのあだ名が「闇勇者」。
病んでる勇者だからって、こう呼ばれるようになった。
酷くない?
確かに病んでたけど。
もう今はほとんど正気に戻ってるんだよ。
あの頃のボクは、黒歴史も同然なんだ。
……とはいえ、たまーに闇勇者が表に出てきちゃうことはまだあるんだけどね。
でも頻度は減ってるし。
え?
へ、減ってる……よね?
ま、まあそれはそれとして。
兄がこんなだなんて、妹には知られたくない。
せめて魔王を倒せれば、自信もつくんだけど……魔王は遠目にみても雑魚なのに、周りの手下どもが強すぎてまるで近づけない。
残念ながら、まだまだ魔王討伐には届きそうにない、というのが正直なところ。
はぁ~あ。
誰か勇者、代わってくれないかな……
勿忘草
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~以下、店先にある掲示板の内容~
【魔法薬専門店 置いてけ堀】
本日のおすすめ物々交換用アイテム
▪ミオソティス(素材)
ミオソティスとは、おもに調合や錬金術で使う素材のことです。
見た目は、小さくて可愛らしい青色の花。
モデルと思われる勿忘草にそっくり。
おすすめの採取場所は「一角獣の森」と「人馬の縄張り」。
高難易度のフィールドですが、そこで採取したミオソティスは非常に品質が良いです。
ミオソティスは「忘却薬」とその他の実験に使用します。
忘却薬は、次回イベントでの必須アイテムです。
ご協力をよろしくお願いします。
同フィールドでユニコーンからドロップする「一角獣の角」とケンタウロスからドロップする「人馬の蹄」も不足しています。
魔法薬専門店 置いてけ堀は、皆様にお持ちいただいたアイテムの内容によって、交換する魔法薬の品質が上下します。
本日も下級から上級の魔法薬を各種取り揃え、皆様のご来店をお待ちしております。
旅路の果てに
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そういえば……
このあいだ、面白い願い事をされたの。
走馬灯を見てみたいって。
その人、わがままでね?
走馬灯は見たいけど死にたいわけじゃないから、絶対に死なず、後遺症も残らない魔法薬にしてくれ、って。
良い機会だから、試作した即死効果のある魔法薬、使ってもらおうと思ったのに。
嫌がられちゃった。
別に私たち、死んだって拠点に戻るだけなのにね。
……というか後遺症ってなぁに? 失礼じゃない?
私、あとに残るような効果のある魔法薬、売ったことないんだけど。
……色がよくなかったのかなぁ。紫はだめかぁ。
それでね。
その走馬灯が見られる魔法薬、試作してみたの。
これなんだけど──
あらあら。
逃げられないのはわかっているでしょう、お客さん。
うちの暖簾(のれん)をくぐったからには、なにか置いていってもらわないとねぇ。
【魔法薬専門店 置いてけ堀】は、そういうお店だもの。
差し出せるアイテムもゼニーもないなら、別のものを代わりに頂きますよ。
って、表の看板に書いてあったはずだけど。
あはは、怖くない怖くない。
お口をあけてー。
はい、あーん。
…………よしよし、状態異常"睡眠"を確認っと。
ここまでは想定通りかな。
あとは起きてからのお楽しみね。
それにしても。
旅路の果てになにがあるのかを知るために、走馬灯を見てみたい。
だなんて、ずいぶん変わったお客さんだったな。
ゲームからログアウトできなくなってから変な人が増えたけど、あの人もそうだったのかなぁ。
──あ。
いらっしゃい。
どうぞこちらへ……ああ、この人?
寝ているだけなので、お構い無く。
……ふふ。
どうやらあちこちで、うちの店の悪口を言っていたらしくて。
鬱陶しいし、そろそろどうにかしないとなぁと思っていたのだけれど。
まさか、わざわざここまで悪口を言いにやって来てくれるとはねぇ。
ところで、お客さんも試してみる?
なにをって……これ。
走馬灯が見られる魔法薬。
あ、いらない?
……そう、それは残念。