早く寝よう。夢が醒める前に。
今日の続きは、明日の今日。
私たちが生きている世界は、誰かの夢の続き。
私たちの夢もまた、
どこかの床に落ちている。
儚く脆いものなので、
急いで目を閉じる。
夢が醒めては、つまらないから。
涼しい夜風を浴びながら、少し乾いた洗濯物を干す。
春の匂いのまま部屋に戻り、くしゃみを一発。
何気ない日々の繰り返し。
それでも、春の新たな出会いの気配に。
胸の高鳴りが今日も煩い。
坂がある。上り坂だ。
歩くのは辛い。けれど、上り坂があるということは、下り坂があるということだ。だから頑張ろう。
上っているとき、ふと思った。
「坂を上っているその瞬間、同時に下っているのではないか」と。
上り坂があるということは、下り坂がある。
ならば、上り坂を登っているとき、それと同時に、どこかの下り坂を順調に下っているはずだ。
もちろん、下り坂を下っているときは、どこかの上り坂を登っている。
何かをしているとき、私たちは常に、それと対になることをしている。
必死に生きようとするその瞬間に、
同時に、確実に死に向かっている。
腹を満たそうとするたびに、
次の空腹を、着実に準備している。
上り坂を上ることは、
どこかの下り坂を、すでに終わらせているということだ。
不条理。矛盾。双対。
常に、この世はそれらの重ね合わせでできている。
そして私は今、
上っているのか、下っているのか、
もうよくわからないまま、ただ前に進んでいる。
ただ君だけを愛していたのに、僕は君に裏切られた。
対等な関係だと思っていたのに、恋の天秤は常に傾いていたらしい。
君は、僕だけを見つめていなかったのだなと思うと、やるせない気持ちでいっぱいだった。
「恋は盲目」という言葉をよく耳にするが、それでは何故僕より遠くにいる人を好きになってしまうのだろう。
恋は遠眼。
いつかまた、「ただ君だけ」と言えるような、そんな人が僕の目の前に現れたらな。
特に大学生の長い春休みとなれば、味気ない日々が永遠に続く気がする。退屈が嫌いな僕は、何かやらねばと毎日焦燥感に駆られている。ただ、どこか「人生の夏休み」を満喫している自分がいるのは、間違いない。短い大学生活のうちの今くらいは、サボってもいいかなと思ってしまう。学校が始まるまであと一週間だけれど、まあ、自分がそれでいいと思うなら、いいんじゃないかなと。
今日も自分を、正当化する。