楽しくもない日々。
理解。
それは何故か。
生きる、とは何なのか。
定義を探らなければならない。
だが、
幸福を追い求めて生きるのが、
ヒトの性なのだろうか。
幸せに 。
お幸せに。
今日を生きる者たちへ、
そうお告げをする私。
神と共に生きる。
そう、私は、無神論者である。
本を読もう。
晴耕雨読、働こう。
文を嗜むか、
畑を耕すか。
晴れていれば
どうってことはない。
僕の心は、ところにより雨。
本を読んで
心の畑を耕そう。
早く寝よう。夢が醒める前に。
今日の続きは、明日の今日。
私たちが生きている世界は、誰かの夢の続き。
私たちの夢もまた、
どこかの床に落ちている。
儚く脆いものなので、
急いで目を閉じる。
夢が醒めては、つまらないから。
涼しい夜風を浴びながら、少し乾いた洗濯物を干す。
春の匂いのまま部屋に戻り、くしゃみを一発。
何気ない日々の繰り返し。
それでも、春の新たな出会いの気配に。
胸の高鳴りが今日も煩い。
坂がある。上り坂だ。
歩くのは辛い。けれど、上り坂があるということは、下り坂があるということだ。だから頑張ろう。
上っているとき、ふと思った。
「坂を上っているその瞬間、同時に下っているのではないか」と。
上り坂があるということは、下り坂がある。
ならば、上り坂を登っているとき、それと同時に、どこかの下り坂を順調に下っているはずだ。
もちろん、下り坂を下っているときは、どこかの上り坂を登っている。
何かをしているとき、私たちは常に、それと対になることをしている。
必死に生きようとするその瞬間に、
同時に、確実に死に向かっている。
腹を満たそうとするたびに、
次の空腹を、着実に準備している。
上り坂を上ることは、
どこかの下り坂を、すでに終わらせているということだ。
不条理。矛盾。双対。
常に、この世はそれらの重ね合わせでできている。
そして私は今、
上っているのか、下っているのか、
もうよくわからないまま、ただ前に進んでいる。