机の上に置かれた、紐が繋がっている紙コップ。
「あー!おれの糸でんわー!!!」
「おまえのつくえの上においたままだったわー!!」
そう大声を出しながらこっちに来て、
「なー、おまえもおれの糸でんわ気になるのかー?」
「とくべつにつかい方をおしえてやろー!!」
と言われて、いっぱい糸電話で遊んだ。
どんどん仲良くなっていった。
これが私と彼が初めて話した時のこと。
彼とは学区が違ったので進学したら離れ離れ。
6年間仲が良かったのに、3年経ったら忘れてしまう。
彼のことを思い出したのは昨日。
机の上に置かれた、ストラップ付きのスマホ。
「あっ、ごめん。それ俺のスマホだ。」
久々に見た彼は、それはもう現代の高校生だった。
友達から呼ばれていた名前は珍しいのに、何度も聞いたことのあるものだった。
そして今日。友達伝いで増えていくSNSのフォロワー。
その中に彼はいた。DMを送ってきてくれていたのだ。
「なー」
「もしかして小学校一緒だった?」
初めてメッセージを送る相手でもタメ口なのが彼らしい。
そうだよと返すと、
「だよな!!仲良かったよな!!」
と送られてきた。
それに対してもそうだよと返すと、
「お前さっきからそればっかじゃん笑電話しよーぜ」
と送られてきた。
明日になるまで沢山電話をして話した。
他愛のない話から中学校の3年間。いっぱい話した。
小学6年生のときに告白された時の話もした。
何度も振った時の。
「俺未だにあの時の糸電話持ってるからな!!」
「また一緒にしよーぜ!」
さすがに糸が短すぎるよと伝えると
「距離なんて関係ねーし!!」
「てか同じ糸電話使うとか俺一言も言ってねーし!!」
「やっぱお前俺のこと好きだよな!?」
と言われてしまったので、違うよと伝えた。
「じゃあこの3年間で絶対に俺の彼女になってもらうからな!!」
「どんなに離れていても俺の思いは変わってないからな!」
「そこん所分かっとけよ!!」
と、電話を切られた。
どんなに離れていても、か。
恥ずかしがっていた前と違って、かっこいいこと言えるようになったじゃん。
時間も場所も離れていた、自分の中にいた彼と今の彼は似ても似つかない。
ちょっと彼が遠い存在に感じてしまった。
どんなに変わってもやっぱり自分のタイプからは随分離れているけど。
でもさ、
もしもさっきの言葉が本当なら、
私は前と同じ距離で糸電話がしたいな。
【どんなに離れていても】
ひらり舞いました。はらりと落ちてまいりました。
私の投げ捨てたラブレターは心残りがあるのか、
足元に!何回も!性懲りも無く!帰ってきました。
ひらりと身を躱せど、必ず帰ってきました。
「まだやってるのー?もう帰っちゃうよー?」
「もうちょっとだけ待ってー!」
「それ何回目?!これで最後だよ!本当に帰るからね!」
ひらりひらりと友達の言葉を躱せていた、と
思っていたのは私だけのようです。
私は逃げているようで何からも逃げられていません。
窓の外で舞っている蝶の形にちぎれば、
ひらひらと、
どこか遠い場所へ飛んでいってくれるのでしょうか。
ビリッ
ぱらぱらと彼への想いがこぼれてゆく。
開けっぱなしの窓が吸いこんでくれました。
窓の外を覗くと彼は部活の真っ只中でした。
球を蹴っていた足を止め、上を見上げました。
だがしかし、この距離では絶対に読むことはできません。
不思議そうな顔をした彼は、
ひらひらと舞う紙くずの先を辿り、
その双眸を
ひらりとこちらへ向けました。
【ひらり】
「あぁ、もうすぐ私は死ぬのだな。」
心の中で呟いてみる。
口に出すことができていたとしても届ける相手が居ないから、気にする必要もないだろう。
今際の際のうわ言だ。良かったら聞いてくれ。
走馬灯というものはとても悪趣味らしい。
小学生の頃、クラスの元気な子が好きだったとか、
中学生の頃はクラスの隅で本を読んでる子がとても気になっていたとか、
高校生の頃にミニスカにしていた子が周りの子よりも色気づいて見えていたなだとか、しょうもない事ばかりが脳裏を掠めてゆく。
走馬灯って生き残る方法を探すために見るのではなかったのかと考える。
先程から私は好きだった子達の事ばかりを思い出す。
絶対に助からないと体が分かっているから、せめて最期は楽しかった記憶で人生を締めくくろうとしているのだろうか。本当に楽しかったのだろうか。
好きになった人に告白すらしなかったのに。
心の中で呟く気力すら無くなってきてしまった。
刃物の刺さった体は5番目に好きだった子の事を思い出した時にはに動かなくなっていた。
空しか入らない視界は7番目に好きだった子との出会いを思い出した時に私の世界から消えていた。
雨と血と花の匂いが混ざった空気は2人ぐらい前に分からなくなった。
ん?花の匂い?
私には渡す人は居ないはずだが。
親も祖父母もまだ生きている。
親達より先に死ぬなんてとんだバカ息子だな。
いや、そんな事はどうでもいい。頑張って今日の予定を思い出す。
「そうだったな」
「私はやっと行動に移したんだったな」
元気だったあの子は卒業式に告白され、嬉しさのあまり泣き崩れていた。
おとなしかったあの子は想い人がいた。
色っぽいあの子は彼氏がいなかった時が無かった。
私は好きな人がことごとく変わった。
変わる度に恋愛好きの彼女に泣きながら相談していた。彼女はそんな私の話を嫌な顔ひとつせず親身に聞いてくれた。
彼女の声はよく通る。
『…ぇ!ねぇ!起きてよ!』
今もそうだ。
代わり映えの無い雨音と人々のざわめきを拾うことを怠り始めた耳にもよく聞こえる。
彼女の声は、近くに聞こえる気がするサイレンよりもよく通る。
今日は告白をする日だった。
彼女に恋愛相談という体で呼び出して、
今までの相談で、『自分だったら〜』と聞いた彼女の好きな花を渡して好きだと伝える。
うまくいったのであれば、彼女の好きなフレンチを食べに行くつもりだった。
でも叶えられない。鼓膜は仕事を放棄した。
もう時間は無い。
見えない視界が白み始める。
ふと脳裏に浮かぶ。
そういえば
彼女はフレンチよりイタリアンが好きだったな。
【脳裏】