ススキ
『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』
あの諺を教えてくれたのは誰だったか。
晩秋に差し掛かる穏やかな日に社会に疲れてふと遠出をしたくなった。当てもなく車を走らせる。通り過ぎて行く街並みから離れた場所にある名前も知らない田園で給油を知らせる点滅に気がついた。
ビルに囲まれた街の見えないこの場所にあるのは何処までも広い田畑で、無性にこみあげる懐かしさに胸が痛む。郷愁とも違うジクジクとした痛みの元がわからずに車から降りてトボトボと歩いた。
もうすぐ冬に切り替わるのだろう。
風が冷たい。
もう少し前ならば稲穂が風を遮ってくれたかも知れないが稲刈りも終わり綺麗に揃った畦道には無造作に生えたススキだけが風に揺られて靡いていた。
子供の頃、帰る道すがらススキを片手に帰っていた日を思い出す。あの時誰か隣にいなかったか。
嘘つき。
ふと振り向いた先に小さな子供が立っていた。
本当は覚えてるくせに。
まるで責め立てるような鋭い目が『今の自分』を責めている。腰ほど迄の高さのススキがあの時は背を覆い隠すほどに高く感じた。目の前の子供が、私が、今の私を見つめている。
逃げるの?
嘘つき。
雄弁に語り出す目が、幻だとわかっていても突き刺さった。そうだよ、ズルい大人になったの。
逸らした目の先で黄金色のススキが風に揺れている。
『ススキってお化けみたい』
『知ってる?ススキを幽霊と間違えた諺があるんだよ』
『えー?なにそれ面白い!教えて!』
笑い合う小さな子供が二人。
覚えている、でも思い出したくなかった。
だってアンタ、もう居ないじゃない。
顔を上げれば夕暮れに長い長い影が一つ。
『悔しかったら化けて出てきて見なさいよ』
呟くように囁いた声はススキだけが知っている。
脳裏
思い出す姿はいつも飄々として得体の知れない浮世雲みたいな後ろ姿ばっかりだったな。
ふとした時に名前を呼びそうになる。
その度に自分の中に色濃く残るその影を追いそうになる。そんな己の弱さが嫌だった。
嫌だったからあえてその後ろ姿を背負うことにした。
風にたなびくほど長いトレードマークの着物の丈を
短い羽織にしたのはそんな矛盾そのものを示すようで苦笑する。
フラフラしているようで誰よりも周りを見ていた。
諦めているようで誰よりも命を尊んでいた。
ふざけているようで常に大切なものが何かを捉えていた。
知っている。だって誰よりも近い位置でその背中に護られていたのだから。
三人と1匹で居られればなんでも良かった。
大切で大切で時が止まればいいと願う程に。
本当の本音はそれしかなくて。それ以外いらなくて。
世界とか未来とか難しい事なんて知らないと駄々をこねる姿だけはあの瞳に映したくなくて。
こんなのはただの意地だ。
ただただ、あの目に映る自分の姿に無様な己を見ることができなかった。だから笑った。意地でも心のうちなんて見せてやるかと笑ったんだ。
『行ってらっしゃい』
あの日、僕はちゃんと笑えていましたか。
ねぇ、銀さん。