大人になるにつれ、そんな心はだんだんと薄らいでいく。成長するに従って見えてくるのは、夢破れた大人達の草臥れた背中。
自分の夢を実現出来た人はほんの一握りで、ほとんどの人は自分の限界を知って、越えられない壁を知って、埋められない溝を知る。
地に足をつけている、と言えば聞こえはいいが、子供にとってその姿は魅力的とは言えないだろう。
けれどむしろ、大人になっても夢見る夢子でい続けることの方が痛々しくないか??
大人になるということは、現実を知るということなのだから。
END
「夢見る心」
自分の望んだ結果にならなかった時、人は「想いは届きませんでした」と言う。
でも、自分の望んだ結果になった時、「想いが届きました」と言える人はどれくらいいるだろう?
〝当然の結果〟として受け入れてしまっていることの方が多い気がする。
それともあらゆる事に感謝出来る善男善女の方が多いのかな?
そこまで切なる願い、というのを抱いた事が無いからよく分かんないや。
END
「届かぬ想い」
ガキの頃は無邪気にアンタを信じてた。
教えを守って真面目に生きてりゃ、親父も帰ってきて、明日の食べ物にも困るような日はいつか終わる、そう信じてた。
思春期と言われる歳になって、真面目に生きることの難しさと誘惑に負ける快楽を知った。
その頃はまだ、アンタへの贖罪の気持ちも少しは残ってた気がする。
そして、今。
親父は小さな骨になって帰ってきて、俺は明日どころか今日の食べ物にすら難儀するようになっていた。
女手一つで俺を育てていたお袋は、親父が死んだと聞かされてもアンタへの祈りをやめることはなかった。
ガリガリに痩せた手で俺の手を握っていたお袋は、親父が死んだ数ヶ月後に死んだ。
神様へ。
俺はもうアンタへ祈るのをやめる。
何にも応えてくれないアンタに、もう用は無い。
◆◆◆
「よう、兄弟。お祈りは済んだか?」
「お祈りなんてもう何年もやってねえよ。今まで神様が応えてくれたことあったか?」
「·····お前のそういうトコ、好きだぜ」
「おしゃべりはこれくらいにして、·····行くぞ」
神様へ。
俺はもうアンタを頼らない。
今はこの、手の中にある鈍色の塊が俺の唯一信じるモノだ。
END
「神様へ」
自分が色々不調な時に真っ青な空を見上げるとちょっとイラッとするよね。
え? しない?
いいなぁ·····。
END
「快晴」
「遠くの空へ」
今回はおやすみ。