「アイツは昔から〝ああ〟なのか」
「なんです突然」
「質問に答えろ」
「·····〝ああ〟ですよ」
「お前はそれでいいのか」
「言って変わりゃあ苦労しません。アイツは頭がいい。この世の仕組みを良く分かってる。綺麗事で済まないってことも」
「お前はそれでいいのかと聞いている」
「いいわきゃないでしょう·····はらわた煮えくり返ってますよ」
「だったら·····」
「けど、ガキの頃から一緒にいる俺の言葉が届かないのに、他の誰かの言葉が届くわきゃねえですから」
「·····」
「だから俺は、最後の一線だけは超えないようにアイツをずっと見てるんです」
「お前の、それは·····」
「束縛だっちゅうんでしょう。分かってます。でもこれしか方法は無いんです。アイツもそれを分かってます」
「·····そうか。なら最後まで離すなよ」
「·····言われるまでもありません」
そこは余人が入り込めないふたりの世界。
他者から見れば叫喚地獄。なかのふたりには極楽。
END
「ふたり」
多分、オモチャ箱がひっくり返ったままの子供部屋という表現が一番しっくり来る気がする。
机の横の本棚には整然と本が並んでいるけれど、振り返って床を見れば、散らかしたままのオモチャがいくつも散らかっている。
思考が散らかってるというのは、きっとこんな感じだ。
もういいトシなんだから、落ち着くべきだと思うけど、結局私はこの混沌が好きなのだ。
END
「心の中の風景は」
初めてここに来た時は、辺り一面草の海だった。
膝くらいまでの高さで揺れる緑の波は、風に揺れるたび色の濃淡を変え、陽光に反射する。
自分の手に重なる少年の手は、ほのかに暖かい。
あどけない横顔は、驚きに瞳を輝かせている。
「これからここで暮らすんだとよ 」
「何にも無いぞ!」
「作るんだってさ」
「何を?」
「·····未来、かなぁ」
少年の唇が柔らかく綻ぶのを、じっと見つめる。
揺れる夏草が、少年の輝かしい未来を祝福しているようだった。
◆◆◆
波打つ緑はもうすっかり無くなってしまった。
立ち並ぶ大小様々な建物は街の発展と人の叡智を物語る。
どこまでも広がる草原に目を輝かせていた少年は、見上げることなくほとんど同じ高さで自分を見つめるようになった。
「ずいぶん変わったなぁ」
「そうだねぇ」
緑が無いのは寂しいだろうか。少年の声からは感情をうかがう事は出来ない。
「でも、この景色も嫌いじゃねえな」
そう言った少年の横顔は、ほんの少しだけ大人になっていた。
END
「夏草」
〝自分探し〟という言葉が流行ったのはどれくらい前の事だったろう。
当時有名なスポーツ選手がそう言って、旅に出ていた。流行り出したこの言葉をマスコミもこぞって取り上げ、自分というものが〝探さなければ見つからないもの〟になっていった。
今はもう、みんな気付いている。
たとえ思う通りに行かなくても、感情の波に攫われそうになっても、旅になど出ていかなくても、自分というものはその、認めたくないみっともなさも含めてここにあるのだ。
END
「ここにある」
素足のままで
ひぐらし
すずりにむかいて
こころにうつりゆく よしなしごとを
そこはかとなく かきつくれば
あやしうこそ ものぐるおしけれ
··········。
··········。
あれ? 違った?
END
「素足のままで」