初めてここに来た時は、辺り一面草の海だった。
膝くらいまでの高さで揺れる緑の波は、風に揺れるたび色の濃淡を変え、陽光に反射する。
自分の手に重なる少年の手は、ほのかに暖かい。
あどけない横顔は、驚きに瞳を輝かせている。
「これからここで暮らすんだとよ 」
「何にも無いぞ!」
「作るんだってさ」
「何を?」
「·····未来、かなぁ」
少年の唇が柔らかく綻ぶのを、じっと見つめる。
揺れる夏草が、少年の輝かしい未来を祝福しているようだった。
◆◆◆
波打つ緑はもうすっかり無くなってしまった。
立ち並ぶ大小様々な建物は街の発展と人の叡智を物語る。
どこまでも広がる草原に目を輝かせていた少年は、見上げることなくほとんど同じ高さで自分を見つめるようになった。
「ずいぶん変わったなぁ」
「そうだねぇ」
緑が無いのは寂しいだろうか。少年の声からは感情をうかがう事は出来ない。
「でも、この景色も嫌いじゃねえな」
そう言った少年の横顔は、ほんの少しだけ大人になっていた。
END
「夏草」
8/28/2025, 12:13:45 PM