今年はあんまりいい事ないな。
END
「夏」
世界を操る闇の組織とか。
あの広告に秘められたメッセージとか。
このタイミングで例のニュースが流れたワケとか。
そんなの無いから。
世界の滅亡はあちこちで数え切れないほど予言されてたけど、結局滅びなかったじゃん。
政府と宇宙人の密約も無かったし、ネス湖のネッシーも捏造だった。
フリーメイソンも割とオープンだってもう分かってしまっているし、隠された真実なんて無かったんだよ。
一歩引いて、面白がるくらいがちょうどいいんじゃない? それより目の前に迫ってる明日の仕事の事とか、めんどくさい会社の同僚の方が私は心配だよ。
じゃあ、明日も早いから寝るね。おやすみ。
「そうですね」
――あなたがそう言うなら、そうなんでしょう。
「昔のドラマでこんなシーンありましたね」
ゆっくりと顔の皮をめくっていく。
薄青いウロコのような皮膚が現れる。
「あなたがそう言うなら、隠された真実なんて無いんでしょう。私も別に、隠してるワケじゃないですしね。ただ、あなたは知ろうとしなかった。考えようとしなかった。疑問を持つことが無かった。それはそれで、尊いことではあるのでしょうが·····」
〝お陰でこの星の支配が随分スムーズにいきました〟
END
「隠された真実」
風鈴の音は綺麗だと思う。
高くて、金属的で。
でもさぁ、と彼女は呟いて、ネイルを塗った爪でグラスの縁を軽く弾いた。キン、という小さな金属音が静かな店に高く響く。
「アタシ、あの音で涼しいと思ったこと、一度も無いんだよね」
彼女の声はどこか投げやりで退屈そうにも聞こえる。私はそんな彼女を横目に見ながら、グラスを伝う水滴をそっと拭った。
「細やかな感性、ってやつが無いんだよ、アタシ」
――情緒とかそんな分かんない。
彼女の横顔は幼さと年相応の憂いが混じって、不思議と人を惹きつける。
そんな彼女が僅かに唇を尖らせて言う言葉が、やけに私の心をざわつかせた。
「誰かに何か言われた?」
私の言葉に彼女は小さく首を振る。
それが嘘だということは、下唇を噛む仕草ですぐに分かった。彼女は嘘をついた後、しばらく下唇を噛む癖がある。
「アタシ、ガサツだし、教養? とか無いからさ」
彼女が私と出会うまでにどれだけの苦悩があったのか。私には推し量ることしか出来ない。だが彼女がこうして時折見せてくれる弱さを、私は愛おしく思った。
「そんなもの、無くても一向に構わないよ。それに情緒なんて人と同じである必要も無い」
私は言って、グラスに残ったワインを呷る。
あぁ、彼女の視線が喉に突き刺さっている。
「これはただのガラスだし、風鈴も現代社会においてはただのインテリアだよ。あの音に涼しさを感じる人間もいれば騒音だっていう人間もいる」
彼女の手の中でグラスの氷が溶けていく。
カランと鳴るその音が、私の耳には彼女の相槌に聞こえて。
「君の人生に何の影響も与えない人間の言葉なんて、一切気にしなくていいからね」
青いネイルが輝く指を、包み込むようにして自らの手を重ねる。
「ありがと」
噛んでいた下唇が綻んで、笑みを刻んだ。
END
「風鈴の音」
今日は仕事で3つほどモヤモヤする事があった。
帰ってカップのアイスクリームを用意して、タブレットを取り出す。
大好きな作家の推しCP小説のページを開いて読み耽る。
明日もモヤモヤするのだろう。
吐き出せないイライラが募るだろう。
逃げたい気持ちが湧き上がるだろう。
でも出来ないのが生きてる哀しさ。
だから明日は帰りにアイスクリームとお菓子をたくさん買い溜めして、また来るであろうモヤモヤに備えるのだ。
END
「心だけ、逃避行」
エクスカリバー、ロンギヌスの槍。
天叢雲剣に那須与一の剛弓。
エルメスの靴、オルフェウスの竪琴、イージスの盾。
汲めども尽きぬ大釜に、決して刃こぼれしない剣。
夜中まで夢中で読んだ本の中。もしくはコントローラーで画面の中の勇者を動かしたその先に、伝説の武器や宝物が溢れていた。
小説も漫画もゲームも、親からはハマり過ぎを注意されたけれど、それがきっかけで知った世界の神話や英雄譚は数え切れない。
七つの大罪、四天王、四神に十二の星座の神話。
母は山羊座の山羊の下半身が魚であることを知らない。知らなくても生きるのに何の支障も無いけれど、本の中で、ゲームの中で知った冒険譚、英雄譚は私の中で確かに大きな価値を持っている。
冒険は、どこでも出来るんだ。
END
「冒険」