止まった時間の中、一人だけ自在に動ける少年は、永遠にも思える時間の中で気も狂わんばかりの孤独と戦っていました。
止まった時間の中では、愛を囁きあった彼女の声も聞こえず、共に日々を過ごした仲間達の気配も感じられません。
飛行機も、鳥も、水も、全てが凍りついたかのように動かない世界は、少年にとって美しい地獄以外のなにものでもありませんでした。
再び動き出した時間。
愛しい彼女を抱き上げながら、少年は歓喜の声を上げて泣きます。
「時間よ止まれ」なんて。
これを見てもまだ言えますか?
END
「時間よ止まれ」
電話とか、録音装置とか、音を残しておく方法や技術を考えた人は凄いね。
遠く離れているはずなのに、この小さな機械から君の声がする。
それだけで、こんなに胸があたたかくなるし、安心出来るんだ。いい大人なんだから、一人でいる事なんか平気だと思うけど·····こんな寒くて静かな夜は、どうしても寂しさを感じてしまう。
君の声はなんていうか·····春の匂いがするんだ。
変な表現かな?
陽だまりの中で聞く葉擦れの音、みたいな。
え? お世辞じゃないよ。本当にそう思ってるんだ。
だから早く、会いたいよ。
紅茶とアップルパイを用意してるから。
うん。じゃあ·····おやすみ。
END
「君の声がする」
ありがとう、って、言われて嬉しい言葉ではある。
でも仕事なんかで同じ部署で働いている人から言われて、モヤモヤすることがある。
〝ありがとうって言っとけば何とかなるだろ〟って言う意識が透けて見えるからだ。
「ありがとう、ごめんねー」
本来なら嬉しいはずのこの言葉に軽さと薄っぺらさを感じてしまうのは、相手がそれでラクをしてるのが分かるからだ。
覚えるべき仕事を覚えず、守るべき手順を守らない人にそれを言われても、ちっとも嬉しくない。
嫌な奴だと思われるかもしれないけれど、そう思うんだから仕方ない。
END
「ありがとう」
「いつもいつも、私に優しくしてくれてありがとうね 」
「なに突然」
「言っておきたくて」
「友達なんだからフツーでしょ? アンタも私に優しいじゃん。助けてくれるし」
「それもあるけど、君はいつもちゃんと生きてるって感じがして、いいなぁって思うから」
「何だそりゃ」
「だから君には知っておいて欲しいなって思ってさ」
「? なんの話?」
「あのね·····」
『明日、世界が終わるよ』
END
「そっと伝えたい」
何気なく使っている言葉。
書いている文字。描く絵。歌う歌。
使い捨てる日用品。愛用している食器に文房具。
毎日のように食べてるポテトチップス。
今は簡単に手に入るものばかりだけれど、もし誰も使う人がいなくなって廃れてしまったら、未来に生きる人にとっては〝忘れられた過去の遺物〟になってしまうのだろう。
興味を持った誰かが調べて、探して、見つけてくれなければ、ひょっとしたら〝無かったこと〟にされてしまうのかもしれない。
写真に残す。録画する。録音する。
書き残す。語り継ぐ。蒐集する。
無かったことにしないために、確かにあったのだと証明するために、記憶を未来へ送るために。
証を残したい。
それは無意識の本能、のようなものなのかもしれない。
END
「未来の記憶」