この歳になってまだ海外に行ったことがない。
『世界 ふ〇ぎ発見』や『クレイジー〇ャー二ー』、『世界はほ〇いモノにあふれてる』といった番組が大好きな割に、海を越えたことがない。
マチュピチュ、イースター島、ノイシュバンシュタイン城、ピラミッド。
ナイアガラの滝、ウユニ塩湖、南極大陸。
ヴェルサイユ宮殿、ドゴン族の祭、リオのカーニバル·····。
旅行ガイドや紀行モノのエッセイ、写真集を読み漁りながら、「実際に行ったらこんな絶景見れないんだろうな。観光客多いだろうし」などと皮肉ぶってみるけれど。本当は、踏み出す勇気も、お金を貯める根気も無いだけだ。
現地に行って自分の目で見てみたら、きっとまるで違う感覚になるのだろう。
音や匂い、手触り。そういったものから伝わる感触は、きっと本や映像で触れる以上の何かを伝えてくれる。分かっているのだ。そんな事は。
写真で見たあの街の、あの遺跡の、あの草原の。
写真では絶対に分からない生の感覚。
いつかそれらを感じられる日が来るのだろうか。
それこそ、まだ見ぬ景色だ。
END
「まだ見ぬ景色」
カエルを吐き出した夢とか、前の職場でまだ仕事をしてる夢とか、犬の糞をかけられた夢とか、変な夢ばっかり記憶に残ってるからあんまり「つづきを見たい」って思った事がない(笑)。
覚えてない夢の方こそ、つづきが見たいと思える内容だったかもしれない。
END
「あの夢のつづきを」
「あたたかいね」
「雪が降ってるが」
「だから、だよ。ストーブとか、こたつとか、コーヒーとか、そういうののあたたかさが身に染みる」
「歳を取ったんじゃないか」
「·····あなたに言われたくないよ」
「ストーブとかこたつとか、使わずに済むならそれに越したことは無いだろう」
「そうだけど」
「――」
「こうやって一緒にいる口実にしたら、駄目かな?」
「·····好きにしろ」
「そうする」
本当は、自分こそが寒さを口実にしようとしていたなんて、絶対に言ってやらない。
END
「あたたかいね」
扉は鍵が無ければ開かない。
金庫も鍵が無ければ開かない。
大切なものを手に入れるには、まず鍵を手に入れなければならない。
何が鍵なのか、そもそもそれが分からなかったら鍵を手に入れたとしても開けることが出来ないではないか。
未来へ行く、ただそれだけが何故こんなにもハードな無理ゲーになったのだろう。
ただ穏やかに生きたいだけなのに。
鍵なんて無くても未来がある、そんな世界が良かった。
END
「未来への鍵」
綺麗な髪だと思った。
綺麗な目だと思った。
綺麗な声だと、綺麗な指だと、彼に関する何もかもを綺麗だと、思った。
彼からこぼれ落ちる何気ない仕草のひとつひとつが、彼が発する何気ない言葉や色が、きらきらと輝く星のかけらになって、私の胸にあるものは突き刺さり、あるものは降り積もっていったのだった。
そうして私の中で彼の存在がどんどん大きくなって、やがて膨らみ続けた想いは爆発寸前になるまで持て余すしかなくなって、どうにもならないところまで追い詰められた私は、彼との距離を測り兼ねて、逃げるように彼の前から姿を消した。
嫌いになれれば良かったのか。
諦められれば良かったのか。
――そんな事が出来るなら、こんなに苦しむ事は無かった。
荒んだ胸に降り積もった綺麗なものは、やがて星がその命を終える時のような激情を私にもたらした。
ひとつひとつはほんの小さなかけらだった。
けれどそのひとつひとつが綺麗で、宝物のように、種火のように私の心を満たしていた。
彼と出会ったのは幸か不幸か。
少なくとも私の生において不可欠だったのは確かだ。
私がこんな想いを抱いていた事を知ったら、彼はどんな顔をするだろう。
それが見られない事だけが、心残りだ。
空を見上げる。
満天の星空だった。
END
「星のかけら」