せつか

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8/5/2024, 2:47:24 PM

鐘の音。
新郎新婦の門出を祝う教会の鐘の音。

鐘の音。
一年を振り返り来年の幸せを願う寺院の鐘の音。

鐘の音。
火事を知らせる火の見櫓の鐘の音。

鐘の音。
アスリート達にラスト一周を知らせるグラウンドの鐘の音。

どれも画面の中でしか聞いた事が無い。
一番身近な鐘の音は、学校のチャイムだった。でもあれも、キンコンカンコンと鳴りはするが放送だったから正確には鐘の音では無いのだろう。
学校のチャイムは、最初はどんな風に鳴らされていたのだろう?

本当の音というのが、どんどん遠くになっていく。


END


「鐘の音」

8/4/2024, 12:13:04 PM

誰かを見上げるというのは、彼にしては珍しいのだろう。少し肩を竦めて、いつもの困ったような笑い顔を浮かべながら彼は私に「何にも心配することなんかないんだよ」と覇気の無い声で答えた。
「心配なんかしていませんよ」
そう答える私もきっと、覇気の無い声をしていただろう。彼の部屋はいつ来てもきちっと整っていて、一日置きにくるという優秀なハウスキーパーを私は内心で恨んだ。
「じゃあどうしてそんな顔をしているんだい?」
「そんな顔って、どんな顔です?」
「この世の終わりでも来るみたいな顔だよ」
「来るんでしょう、終わりが」
「まだ三年も先じゃないか。」
「もう三年後、です」
押し問答になりそうなのを回避したのは彼の方だった。
「昔は私の方が君に〝後ろ向きな事ばかり言うな〟と怒られていたのにね」
クス、と笑うその顔はやけに楽しそうだ。
「一人で家にいると嫌な事ばかり考えてしまいます」
そう答えると、彼はゆっくりと右手を持ち上げて私の頬に押し当てた。ひやりと冷たい、死人のような手だった。手首も細い。パジャマはよく見たらぶかぶかで、その姿が一年という時間の残酷さを私に伝えていた。
「いいことを教えてあげるよ」
そっと囁く。覇気の無い声はその分優しさが増した気がして、私は泣きそうになるのを必死で堪えた。

「君を毎日見上げることが出来て、私はとても嬉しいんだ。だって、出会ったばかりの頃みたいだろう?」
「·····っ」
「君を手本に人としての生き方を学んでいたあの頃みたいだ」
何も言えない私の頬に押し当てた指を、彼はそっと滑らせていく。
「あの頃みたいに、私に何か教えてくれよ」
「今更何を·····」
何と答えれば彼は喜ぶのだろう? 分からない。
この時になって初めて、私はずっと彼に与えられてばかりいたのだと気付いた。

「何でもいんだ。明日の天気でも、ニュースでも、外国の言葉でも。どんなつまらないことでも、何でもいから私に教えてくれ」
「·····あなたの目」
「うん」
「昼に見るのと夜に見るのとで、微妙に色が違うんです」
「それで?」
「私は昼に見るあなたの目が·····好きなんです。光の加減か、少し青みがかって見えて」
「そうか·····、知らなかった。君の目の色に少し似てるのかな」
「どうでしょうね」
「明日も今みたいな話をしてくれよ。まだ三年もある」
「ネタ探ししてきますよ」
「あっはは」

それから私は毎日一つ、彼に何かを教えるようになった。彼が私を見上げる視線は柔らかく、淡い笑みは包み込むようにあたたかい。だが彼の指だけはいつも冷たくて、私はそれがたまらなく苦しかった。
他愛ない会話。
だがそれが永遠に続けばいいと、彼の部屋を訪れるたびに私は思った。

END


「つまらないことでも」

8/3/2024, 5:06:51 PM

今日の大失敗を忘れられるといいなぁ!!


「目が覚めるまでに」

8/2/2024, 4:01:51 PM

色んな病室を見てきた。

私物をいっぱい持ち込んで、自分が過ごしやすいようにカスタマイズしてある部屋。
機械とそれに繋がるコードか床いっぱいに広がっている部屋。
ベッドの周りにぬいぐるみや家族の写真がいくつも並んでる部屋。
勝手が分からず全部新品で揃えた部屋。
スタッフが使う消耗品と器具がいっぱい置かれた物々しい部屋。

フィクションの中の病室は、どこか無機質なものが多いけど、現実はそうじゃない。
人の数だけ病室の空気や色も違って、印象も違う。
その一つ一つに、病魔に抗う物語があるのだ。


END


「病室」

8/1/2024, 3:17:05 PM

「もし、じゃなくてぜってー晴れじゃん」
「まぁ、だろうね」
「んで〝これまで考えられなかったような暑さ〟って言うんだろ、絶対」
「なんか昔は26℃で〝うだるような暑さ〟って言ってたらしいよ」
「マジで? 今より10℃も低いじゃん、ヤバ」
「もうこれが普通になるんだろうなぁ」
「うげー·····」
「まぁ、でも、晴れでも雨でも、あらかじめ分かってれば対処のしようがあるからいいよな」
「それはそう」
「知ってるか? 空からカエルとか魚が降ってきたって記録があるんだって」
「あー、なんかで見たな。なんとか現象って言うんだろ」
「それそれ。凄いよな、晴れた空からカエルがぼとぼと」
「衝撃映像じゃん」
「そういうのに比べたら、いつもと同じ晴れや雨が続くって安心材料だよな」
「それでもこうも暑かったら動く気無くす」
「昔は夏休みになったらどんだけ暑くてもあちこち遊びに行けたんだけどなぁ」
「歳とったんだよ」
「まだ二十代ですけどwwww」
「·····明日、どっか行く?」
「行かねー。家でアイスクリーム食って寝る」
「それが一番か」
「うん」

晴れた空からカエルでも降ってきたら、少しは涼しくなるのだろうか?


END


「明日、もし晴れたら」

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