せつか

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2/1/2024, 4:06:20 PM

家から歩いて行ける距離に神社があった。
お社の横にブランコと滑り台と鉄棒があって、子供の頃はそこでよく遊んでいた。

ブランコは近所の子供達に人気で、いつも順番待ち。やっと乗れたと思ったら隣にいわゆるガキ大将タイプの男の子が乗って、そそくさと降りて逃げたりもした。
その頃流行っていたアイドルの歌を歌いながらどっちが大きく漕げるか競走したり、「いっせーのーせっ!」で靴を飛ばしてどっちが遠くまで飛ばせるか競走したり。たまに一人で、ひたすら無心に漕ぎ続けたこともあった。
夕方、帰る頃には両手にブランコの鎖のサビがいっぱい付いて、その鉄臭い匂いに笑いながら家路を急いだ。

今、その神社には粗末な木のベンチ以外何も無い。
ブランコも、滑り台も、鉄棒も無くなり、手水舎の水も止まってしまった。
管理が大変だとか、維持費が掛かるとか、そもそも子供がいなくなったからとか、多分そんな理由だろう。ブランコの横に生えていた大きな樹も、いつの間にか伐採されていた。

もうブランコから落ちて怪我をすることも、錆びた鉄の匂いに顔をしかめることも、突如目の前に出てきた虫に悲鳴をあげることも無い。安全で、清潔で、静かな神社は、でもどこか、居心地が悪くなったような気がする。大人になった私の足はすっかり神社から遠のいて、ふらりと立ち寄ることも無くなった。

この神社の神様は、静まり返った境内と神域に、誰もいないベンチに何を思うのだろう?


END


「ブランコ」

1/31/2024, 11:41:11 AM

歩き疲れて、探し疲れて、体はとうの昔に使い物にならなくなっていた。

砂を踏み締める足の感覚は、既に無い。一歩踏み締めるごとに石のようになった足が重みを増す。
痛みも、熱も、感じない。ただ自分の足ではないような重みだけがあって、その重さに抗いながら、だが「もういいだろう」と心のどこかが呟くのを、彼は聞くとはなしに聞いていた。

「もういいだろう」
頭の中で声が響く。
「ここで足を止めても、誰も咎めませんよ」
「贖罪の声はきっと届いている筈です」
「君が足掻いたところで、変えられないもの、止められないものはある」
「そうまでして歩き続けることに意味はあるのでしょうか?」
「逃げたって、やめたって仕方ねえよ」
「いっそ楽になれ」
頭の中の声は友の声となって歩みを鈍らせる。

――もう、いいのかもしれない。
歩みを止め、空を見上げる。
青い星が一つ、夜の中に輝いている。
漆黒の空の中でたった一つ輝く星に、旅人は目を見開く。
「貴方のその歩みに、意味はあるのか?」
瞬く星がそう言っているような気がした。
「·····」
声にならない声を上げる。
彼方に輝く青い星。旅人が何より探し求めていたもの。

――あぁ。
意味など無い。無くても良い。ただ探し続けた星をついに見つけた。ならば、止まる訳にはいかない。
体はとうに死んでいる。だがそれでも、進まなければ。心が生きている限り。
「やっと·····見つけた」

気の遠くなるような旅路の果てに、旅人は星へと届くきざはしを見つけた。


END

「旅路の果てに」

1/30/2024, 3:45:11 PM

本を書く。本を読む。
絵を描く。絵を観る。
歌を歌う。歌を聴く。

人の営みは誰かに何かを届ける為にあるのかもしれない。それは目に見えない漠然とした〝誰か〟かもしれないし、〇〇という固有名詞のある、たったひとりの〝誰か〟かもしれない。
それはきっと創作活動だけじゃなくて、何かを食べたり、走ったり、歩いたり、何かを投げたり、掃除をしたり·····、とにかく全ての営みが、思いを届けることに繋がっている気がする。

だから、ねえ。
私がこうしてあれこれ考えて、唐突に話し出したとしても、聞いてて欲しいんだ。
私はきっと、ずっとこうして貴方に話しかけるから。
たとえ声が届かないくらい離れ離れになってしまっても、文字で、絵で、それ以外のあらゆる方法を使って、貴方に話しかけるから。

貴方の声が好きなこと。
貴方の目が綺麗なこと。
貴方の笑った時の眉の動きが面白いこと。
貴方の手が大きくて温かいこと。
貴方が私に幸せを与えてくれたこと。
絶対、絶対届けるから。

「·····何か言った?」
「ううん、なんでもない。何で?」
「何か言ってる気がしたから」
「見てただけだよ。おっきい背中だなって」
「なんだそれ」
くしゃりと笑う。眉が一瞬つり上がって、すぐに下がる。私はそれを見て目を細める。――やっぱり面白い。
「最近疲れてんじゃね?」
「そうかも」
「もう寝ろよ。明日また話そうぜ」
「うん」
おやすみ、と囁いて、布団を被る。


ねえ、大好きだよ。


END

「あなたに届けたい」

1/29/2024, 12:27:55 PM

「貴女を愛しています」
それは決して告げてはいけない言葉。
何度も告げようとして、その言葉を飲み込んだ。

「貴方を愛しています」
それは許されない思い。
人の道に外れていると、分かっていた。

けれど、飲み込んだ分だけ胸の中には思いが募って。
けれど、分かっていても思いは止められなくて。

罪悪感と、陶酔と、昂揚と、喜びと、怒りと、諦めと·····、あらゆる感情がない混ぜになって·····この感情の持って行き場が分からなくなって·····そうして私達は戻ることの出来ない果てまで堕ちてしまったのでした。


END


「ILOVE…」

1/28/2024, 3:37:52 PM

重いエンジン音か響く。
重低音は足元から這い上がり、胸の鼓動と重なる。
武骨なバイクに跨っているのは、思いのほか華奢な体躯の持ち主。彼は(彼、と呼ぶべきだろう)ヘルメットをゆっくり外すと一つに結んだ金髪を一度大きく揺らして、挑むような視線をこちらに向けてきた。
「·····よう」
片方の唇だけを吊り上げてニカリと笑うその顔が、意外にも屈託のないものだったので、思わず拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「乗れよ」
「なに?」
「ちょっと付き合え」
「·····相手を間違えてないか?」
「お前で合ってんだよ。わざわざ兄貴に居場所聞いてきたんだ」
「·····」

田舎の村には不釣り合いな、重いエンジン音。
人通りは殆ど無く、二人以外には遥か上空を舞う鳥がいるくらいだ。その中で場違いな程の重い音が空気を震わせている。
「こんな風にでもしなきゃ、お前と話す事なんてねえだろうからな」
「私は話す事など·····」
「お前に無くてもオレにゃあるんだよ。なんせオレ達ゃ同じ穴の貉だからな」
――その声が僅かに沈んだのを、聞き逃すことは出来なかった。
差し出されたヘルメットを受け取って、後ろに跨る。一瞬ぐらりと大きく傾くのを、彼は「おわっ!」と言いながら慌てて立て直す。
「つくづく図体でけえなぁお前」
「何なら代わるか?」
「うるせーよバカ! 飛ばすからな、振り落とされんなよ!」
一際大きくエンジンが唸りを上げる。
周囲の草が風で舞い、傍らの湖がにわかに波立つ。

ここから街まで数時間。
彼と話をするには充分な時間と距離だ。
――同じ穴の貉。
確かにそうだ。だからこそ、そんな彼の思いの一端を知れば自分と彼等·····彼の人との関係を改めて知る事が出来るかもしれない。

風の音を聞きながら、そんな事を思った。

END

「街へ」


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