あなたの元へ行きたい。
その手を取って、共に歩みたい。
私が私でなかったなら。より美しいものなら、会話に秀でたものなら、誰かを楽しませることができる存在なら、きっと恐れずに、そう言えたのに。
#手を取り合って
優越感、劣等感
元々幼心に持っていた「あんなひとになりたいな」というぼんやりとした希望は、今や具体的な形を得て、生々しい眼差しで私を見据えて、藤椅子に腰かけている。
あなたは私のことなど、ひとつも好きじゃない。そのくせ、こちらを見る顔はいつも、陶器のように涼しく整っている。
ピアノを用いる才も、人を寄せ付けない微笑も、優しげな拒絶の仕草も、何もかも。すべて私の理想は、あなたの形をしている。
「ちょっとおいで。話をしよう」
悠然と言い放つ様は、対等な者へ向けた言葉ではない。はっきりとそれは他者に命じている。言われるがままに近寄れば、あなたは紅茶を口に運ぶ。あからさまに眉間に皺をよせて、
「君が淹れたものはいつもこうだね」と微笑む。
「ごめんなさい。レシピ通りなんだけど、私がやると何故か不味くなるって評判なの」
「そうかい。じゃ何が悪いんだろうな。レシピに記載されていない要素が原因なんだろうか?例えば硬水だとか、軟水だとか……茶器の素材?」
「わからない。……ごめんなさい、気を付ける」
「ありがとう。頼むよ」
「礼には及ばないわ。別に」
別に、ありがとうだなんて思ってもいないくせに。
心の中でそう毒づく。
あなたは知ってか知らずしてか、こちらを見てにんまり笑う。
ああ、憎い。私の理想が、現実で私を責め立てる。
苦くて苦くて、吐き気がする。
どうして私はあなたじゃないの。どうして私はメイドなの。なぜあなたはそちら側で、優雅に椅子に座ってお茶をしているの。
焼けるような劣等感が身を包む。才能への、美貌への、存在への崇敬を越えるほどに、苦しみが溢れて脳を焼く。
すべての思いを包み隠し、彼女に一礼した。
紅茶を下げる。薄暗い廊下を、きいきい鳴るカートを押して、使用人室へと帰りゆく。私のレイディ、私の理想、私の憎悪。あなたのことを考えながら。
燃えるような痛みの中で、今この世にいる誰よりも、あなたのことだけ、想っている。
遠くに見える砂丘の上に、逆光を背負って君が立っている。
大声をあげて名を呼ぶ。口を開けた瞬間、乾いた喉に熱風と、飛来する砂粒が飛び込む。喉への刺激に耐えきれず、俺は下を向いて咳き込んだ。
膝に手をつき、丘陵を見上げる。
君はまだそこにいた。強い風に吹かれて、真っ白なスカートの裾が揺れている。透き通るように鮮やかな空との対比が美しい。逆光で、顔はよく見えない。
潮の匂いは焼ける砂の熱気に掻き消されている。
汗と涙がまじりあったものが頬を落ちていく。
君は返事をしない。ただ麦わら帽子のふちを片手で押さえて、見下すようにこちらを眺めて蔑んでいる。
あの日薬を飲み始めてから、ずっとそんな悪夢をみている。
これまでもそうだったし、これからもそうだろう。おそらくずっと続くのだ。得たいのしれない少女に蔑まれつづけるのが、きっと俺の心象風景なのだろう。
#これまでずっと
くだらない通知を一つずつ消していく。最後にバッジはゼロになり、誰からの繋がりもなかったようにしんと静まり返る。深夜2時に、音はもう鳴らない。
他のすべてを軽視し、流し、私はいつも、あなたの連絡だけを待っている。
#一件のLINE