遠くへ行きたい
今の時代には考えられないことかもしれないが、僕が10代の頃は家族、特に親と一緒にいることが恥ずかしいというか、みっともないというか、そんな風潮がそこかしこにあったように思う。反抗期とまではいかないのだが、中学生くらいになると、親と一緒に出かけるなんてことはほとんどなかった。だから、親とケンカでもしようもんなら、それこそ荷物をまとめて「出て行ってやる!」なんてセリフをよく吐いていたように思う。行くあてなんてどこにも無いのに、距離的に遠くへ行きたいというよりは、早く自立して、親から離れたいという気持ちが強かったのだ。今となってはどうでもいい思い出なのだが、多感な10代を、自分なりに必死に生きていたんだなと思う。
夏の匂い
「夏の匂い」と聞いて、ふと思い出したのは、カブトムシの匂いだった。実家の近くに、カブトムシなどがたくさん集まる林があって、そこは、通学路にもなっていたから、学校への行き帰りによく近所の子どもたちとカブトムシを探して歩いた。
夏休みに入ったばかりの時、早朝にみんなで集まって、カブトムシを獲りに行こうという話になり、早起きして約束の時間に僕は出掛けて行った。
しかし、待てど暮らせど誰も来ない。日時を間違えていたかと思い、その日は帰った。
後から聞いた話だが、みんな朝早く起きることが出来ず、寝坊して来れなかったらしい。実のところ僕は、前日の夜、興奮して眠れなかったのだ。何がそんなに楽しみだったのか、今となっては自分でもわからないが、それが僕とっての「夏の匂い」だ。
カーテン
何ヶ月も締め切られたカーテンを、久しぶりに思い切り開けてみた。眩いほどの日差しが目につき刺さり、思わず瞼を閉じてしまった。
自室に引きこもること数ヶ月。前日の夜に、父から「カーテンを締め切った部屋で何をしているんだ?一日中、パジャマでいるのは止めろ。毎日、ちゃんと着替えて、飯もちゃんと居間で食べろ」そんなお達しが突然、来たのだ。普段、無口な父がそこまで言うのだから、守らないわけにはいかない。
翌朝、起床後にカーテンを開け、言われた通りちゃんと着替えて、ご飯を食べるために居間へと降りていった。
居間で朝食を食べていた2人は、僕の姿を見るなり、どことなく嬉しそうな顔をした。僕は喜んでいる2人を何となく直視することが出来なくて、下を向いたまま無言でご飯を食べた。
青く深く
君と眺めていたあの海を、今でも時々、思い出す。少しだけ風が強くて良く晴れた冬空に、透き通るほど青く、どこまでも深い海岸のテトラポッドに座り込んで、たわいもない話を、2人でいつまでもしていた。
そんな君が、今、どこで何をしているのか、僕は知らない。ただ、君が今でも、どこかで得意のイラストを描きながら、自分らしく生きていてくれればと願うばかりだ。
夏の気配
暑さが厳しくなる前の、少しだけひんやりとした朝モヤの中に、それを感じることがあった。それは、夏、特有の空気というか、言葉では上手く表現できないが確かにそこに存在していて、夏が始まると次第にどこかへ消えていく。
昔は、至る所にそれがあったと記憶しているけど、近年の急激な温暖化によって、感じられることが少なくなった。だから、最近の夏の気配といえば、もっぱら虫の声などになるかもしれない。それはそれで悪くはないが、夏の風流さが、少しずつ失われているように思う。