「冬眠って知ってる?」
「カエルとか熊とかのあれでしょ」
「ヒトもできるんだよ」
「布団にくるまって出てこないこと?」
「違くて」
なっちゃんは突然立ち止まり、私の手を引いて歩道の端に寄った。
「本当につらいことがあったら、それは人生の中では冬の時代でしょ?その場合、ヒトも冬眠できるの。1年でも2年でも、10年でも、つらい原因がなくなるまで」
「眠ってたら、原因がなくなったかどうかもわからないじゃん」
「そうだね。だから、あんたが教えてね。もう安心だよって思ったら」
なっちゃんは私の手をきゅっと握ると、歩き出した。その後はたわいもない話ばかりだった。
翌日から、なっちゃんは冬眠した。
前夜いつもどおりにベッドに入り、そのまま朝になっても目を覚まさなかった。誰がよびかけても、どんな医療でも、なっちゃんが戻ってくることはなかった。
「もう安心だよって思ったら教えてね」
ってなっちゃんは言った。
それなのに、私はいまだにそれができないでいる。
だって、なっちゃんが何に悩んでいたのか、何をそんなに辛く思っていたのか、わからないから。
親友だったのに。
なっちゃんは、私がすべてをわかっていると思っていたのかな。なっちゃんのことをちゃんと理解してるって。
ごめん。ごめんね。
何度目かの冬も、ただ謝っている。
0歳児のときから一緒にいた幼馴染の男の子。
付き合う友達がかわり、中学の頃から疎遠に。
今はもうどこで何をしているかわからない。
中学時代の大親友。
別の高校に進学後、ダンスに目覚めて海外留学。
今はもうどこで何をしているかわからない。
高校で初めて付き合った、部活の先輩。
大学まで続いたのに、向こうの就活を機にあっさりお別れ。
今はもうどこで何を…。
職場で出会い、いつの間にか旦那になっていた人。
幸せだったのに、結婚後数年で長期の単身赴任に突入。
この人のことだけは、わからなくなりたくない。
今日も電話しよう。
離れていても、いちばん好きだって伝えるために。
この年になると、学生時代の友達とはなかなか会えない。
仕事、家族の転勤、Uターン、移住…それぞれの事情で日本全国さらには海外にまで散っている。
寂しいけど、
出張や旅行でどこかを訪ねたとき
ふと「あ、この街のどこかで〇〇が働いてるはずだな」と気づくことがある。
それだけでその土地にちょっと親近感がわいたりして、我ながら単純です。
みんな元気にしてるといいな。
年賀状の「今年こそは会おうね」ってやりとりもだいぶ溜まってきたけど、適当に書いているわけじゃない。
昔のことを思い出したり、あなたたちと会うことを想像しているその一瞬、けっこう幸せだよ私。
中学のころ、美術の授業で月を描いた。
私はもともと絵が好きで、
正直周りと比べて出来は良かったと思う。
ある子が、その絵をほしいと言ってくれた。
赤い空に白い月がぽっかりと浮かぶキャンバス。
誰かに絵をプレゼントしたのは、それが最初で最後だ。
数年ののち、彼女が藝大にすすんだと聞いた。
同窓会でちらっと見た彼女は
昔と違い短い髪とラフな服装が印象的だった。
あの日、絵がほしいと言われて、
本当に本当に嬉しかった。
私は何者でもないけど
白い月だけは彼女の翼にのって
遠い空を一緒に渡っていたらいいなと思う。
遠出のデートに誘われると
つい「富士サファリパークに行きたい」
と言ってしまう。
動物が好きなんだ?と聞かれるけど、違うのです。
サファリパークにいく途中にある
『自衛隊東富士演習場』が好きなんです…。
だだっぴろく、ゆるやかな起伏の草原。
秋になれば、ススキが視界のすべてを支配する。
風になびく穂が一斉にうなり、光る。
誘い込むように真っ白な渦を巻く。
怖いような高揚するような、ド迫力の光景。
とにかく壮観!
デートで「演習場へ」とは言いづらいけど。
でも、あのススキに一緒に圧倒されてくれるかどうかは、かなり重要な指標だな。