ある日、男はひょんなことから羅針盤という道具を手に入れた。
丸い板に複雑な星のような模様、針が取り付けられた造形は機能的でありながら美しく、優美ですらある。
何よりこれさえあれば、どうやらどこへでも行けるらしい。
尖った針は確かに一定の方角を指し示してくれる。
そう、これを使えば十年前に別れた友に会いに行けるのだ。
友は江戸という大層大きな町へ奉公へ出されたと聞いた。藩辺境の村で農作業に明け暮れる男にとっては天竺と同じくらい遠く、とんと見当も付かない場所だった。
会ったところで何をするのかも決めていない。ただ、この道具を使って友のもとへ行く。それを決めたこと事態が男を高揚させた。
そうして男は村を立った。
──2日後、江戸とは全く逆方向の山村で羅針盤を手に
「ここはどこだ!」
と叫ぶ男の姿があった。
男は方向音痴であった。
どんな優れた道具があろうとも、それを使いこなすだけの感覚と知識がないと便利にはならないものである。
ナビを使っても筆者が迷子になるように。
陽陽と
明日に向かって歩く、でも
ほんとは昨日に戻りたかった
鬱々と
明日に向かって歩く、でも
ほんとは未来を見てみたかった
晴れ晴れと
明日に向かって歩く、でも
ほんとはすべてを壊したかった
いつだって矛盾だらけな僕たちは
明日を嘆いて叫んでいる、でも
明日を悩んで泳いでいく、でも
明日へ向かって歩いていく
ただひとりの君へ
ただひとりの私がお茶を淹れてあげたよ
なんて尊い日常
昔、誰かがお椀の水にうつして月をつかまえたみたいに。
手のひらで水をすくって星空をうつしたら、宇宙をこの手に収められるんじゃないかって思ったんだ。
この真冬に外で水をすくうなんて、冷たくて寒いからきっとやらないけれど。
想像しただけでもちょっと素敵な気がするね。
手のひらの宇宙。今宵はオリオン座を手に。
舞い上がるビニール袋
吹っ飛んだ布団
隙間風の叫び
それは風のいたずら
こげない自転車
揺らめく橋
遠くから牛糞の匂い
これも風のいたずら
校庭に渦巻いた小さな竜巻
木々のざわめき
流される雲
どれも風のいたずら
目に入る砂ぼこり
乱れる髪
窓の振動
全部 風のいたずら
風は目に見えないのに
そこかしこで主張を繰り広げる
気付いた時にはすでに
遥か遠くへ逃げ去ってたりして
今日も風は私達を通り過ぎてゆく