『ありがとう』そんな言葉を伝えたかった。
(男性同士の恋愛を匂わせていますので、苦手な方はお逃げくださいませ)
何度言っても言い足りない『ありがとう』
でも、つい日常生活の中で流してしまって。
つい何ヵ月か前も、俺はちゃんと伝えただろうか?
帰ったらちゃんと言わなきゃな。
あ、でも、今回は『ゴメン』かな。
GW最後の日の新幹線といえども、さすがに最終となれば何とか座れた。
とはいえ、B席だけど。
そう、3列並んだ真ん中。
両隣は、きっと家族の元で時間を過ごして、単身赴任先に帰っていく感じのオッチャン。
イヤホンから流れる音楽が漏れないように気をつけて、俺は自分の世界に入り込んだ。
反対方向の新幹線に乗ったのは、わずか数ヶ月前。
俺は逃げた。
暴走する自分の心に蓋をすることが、限界にきてた。
だから。
俺の両親は結構なヤンチャで、今の俺の年には俺が腹に居てることがわかって結婚したらしい。
ヤンチャ部分のDNAは引き繋がれなかったけれど、早熟な恋愛体質はしっかりと俺の血にも入っているようで。
その両親との思い出がわずかにしか残っていないほど、俺がガキの頃に二人は逝ってしまった。
どんな峠でも絶対にミスらない運転テクニックを持っていた親父なのに、信号無視の酔っぱらいの軽トラに突然横から突っ込まれて、助手席の母親もろとも呆気なく。
俺の弟か妹が腹に居るかも、なんて病院に行く途中だったらしい。
じいちゃんばあちゃんの家で俺は留守番してたらしいけど、はっきり言って記憶は曖昧。
俺を育ててくれたのは、じいちゃんと、ばあちゃんと、そして叔父さん。
叔父さんなんていっても、クソ若い父親と3歳しか違わない弟なんだから、はっきり言って本人も俺も叔父さん呼びは無理な訳で。
範義(のりよし)さんは親からは『のり君』て呼ばれていたけど、俺は上手に呼べずに『のん君』
さすがに今のお互いの年を考えると、そろそろ『のん君』呼びは卒業かとも思うけど、名字か名前、もしくはフルネームを縮めて『焼きのり』なんて呼ばれることはあっても『のん君』は俺一人しか呼んでない。
そう、俺だけの特別。
特別な呼び名。
特別な存在。
今でこそ、ピシッと決めたスーツ姿で仕事に行くのん君だけど(本当マジ格好いい!)、オフモードはくたびれたジャージだし学生時代の太いフレームの眼鏡だし、寝癖もついたままだし、マジ可愛い!
マジ天使!
いや、33歳の男つかまえて、可愛いは可笑しいだろって思われるかも知れないけど、家にいる時ののん君はすっかり気が弛んでいて、ペットボトルの蓋取らずに水飲もうとしたり、
お笑い番組に夢中になりすぎてお刺身にソースかけて 1
人罰ゲームやってたり。
職場では同期は勿論、先輩も何人か抜かしちゃう出世競争をリードしてたりするらしいんだけど。
いわゆるギャップ萌え?
俺が小さい頃は、じいちゃんもまだ現役でそうそう一緒にいる時間は無かったし、ばあちゃんにハードな男の子の遊びは無理。
っていうことで、のん君と居る時間は多かった。
学生になったらなったで、無料の家庭教師として居てくれたし。
雛鳥が最初に見たものを親鳥と思うように、俺は何時ものん君と一緒。
それが思慕から恋慕に変わるのは、自然な流れだったかもしれない。
しかものん君も社会人となり、俺もまあまあ育った頃、じいちゃんは定年を期にばあちゃんを連れて長年の夢だったホノルルに移住した。
広い一軒家もなんだからと、マンションに二人でお引っ越し。
同居生活が始まったけど、これがどうも具合が悪い。
二人きり、ってことを妙に意識してしまう。
二人並んでソファーに腰掛けテレビ見てる最中に、のん君が風呂上がりに濡れた髪を拭きながら冷蔵庫開けてるその姿に、『二人きり』を意識してしまうと心臓の鼓動がヤバい。
理性で何とか抑えるけれど、眠ってしまえば俺の欲望は正直で。
のん君を組み敷いて…
あんなことや、こんなこと…
更に悪いことに、夢は起きれば忘れるっていうけど、俺は結構な割合で覚えていた。
いや、覚えていない夢で、もっとヒドイことをしてるかもだけど。
のん君を見ると、その夢を思い出す。
しかも一生の中でも、性欲お化けなこの期間。
身体の一部も、勝手に変化する。
のん君を見る俺は、もはやパブロフの犬状態。
このままでは、のん君の貞操が危ない。
その犯人候補は俺だけど。
だから、わざわざ遠くの大学を選んだ。
のん君から逃げるために。
GWも帰らなくていいように、賄い付きの飲食のバイトをこの時期だけ入れた。
それなのに…
わずか1ヶ月あまりなのに、のん君ロスがたまらない。
見たい。
触りたい。
抱きしめたい。
「お前が帰ってこないと、俺一人でGWが長い」
なんて反則のLINE。
ホノルルに行くも、ホノルルから帰ってくるのも、普段の3倍以上の金額に、払う気がしないらしい関西人。
マンションにポツンと膝を抱えて座ってる、そんなのん君を想像してしまう。
いや、現実はそんなこと無くて、そこそこリア充なのは知ってるけど。
それでも、こんなLINEは反則。
バイトを休む訳にはいかず、毎日働きながらも考えるのはのん君ことばかり。
ついに我慢できずに、深夜の新幹線に飛び乗った。
まだ起きてるだろうか?
「今までの全部にありがとう」
「勝手に遠くに言ってゴメン」
「のん君のこと愛してる」
ダメだ。
頭で考えてもピンとこない。
逢った瞬間の行動が、言葉が、俺の正直な気持ち。
新幹線は京都を過ぎた。
新大阪までもう少し。
両隣のオッチャンが、網棚から荷物を下ろし始める。
もうすぐだ。
もうすぐ、のん君に逢える。
イヤホンを外し、俺は大きく深呼吸をした。
といっても、まだ在来線に乗って私鉄に乗り換え。
やっとのん君に逢えた俺は、言葉より先にチカラいっぱい抱きしめて、その流れで告白なんかもしてしまって、驚くのん君を時間をかけて説き伏せ、大学卒業後、同居から同棲に名前を変えた生活になるのはまだまだ先の話。
『優しくしないで』
(男性同士の恋愛の匂わせがあります。苦手な方は逃げてくださいませ)
ムカつく。
なんて思ったらアカンと思うけど、やっぱりムカつく。
いやいや、仕事してんのに。
なに、イラッとしてんねん、俺。
今の状態は、絶対に俺が悪いって俺自身が一番わかってるし。
それでも眉間にシワが寄るのが止められへん。
さっきまでは、メッチャ機嫌が良かったのに、ホンマ嘘のように黒いオーラが禍々しく出てるのが自分でもわかる。
そう、さっきまでは。
LINEに届いたお前からの短い文。
『たまには一緒に飯くうて帰ろうや』
それだけで、単純な俺はずっとニマニマとだらしない表情になってたんや。
紆余曲折、色々あったけど、やっとお互いの気持ちを素直に伝えられて、晴れて絶賛同棲中の俺とあいつ。
同じ部の外商やけど、課は違う。
それでも顔を上げれば、何人かのデスク越しに目が合ったりして。
ソッコーLINEの返事もしたけど、しっかりアイコンタクトもしたりして。
先月、余裕の120%乗せで予算もクリアしたし、GWなんてお客様も旅行に行かれたり反対にご家族が帰ってこられたりで、外商が訪問出来る状況や無いから、開店休業。
コレはもう、さっさと経費の計算でもして帰ろう、帰ろう。
なんてウキウキしてたら、なんやアレ。
贔屓目やなく、俺の彼氏、御岳蓮は顔が良い。
身長もあるし、人当たりも『人たらし』と言われるぐらいに良い。
というか、これはうちの部員全員に言えることで、西は明石市、東はギリギリ大阪手前までのエリアを持つ外商部にあって、他のデパートは勿論同じデパートの大阪店までバッティングする俺達の部はエース部と言われている。
その中でもアイツの課は、日本全国にその名が轟き渡る選ばれた市、A市を担当。
俺の課もその隣の、これまた関西有数の上流層市、N市やったりするので、戦略として渋系、体育会系、ワンコ系、インテリ眼鏡系等々、外商先の奥様方に、その見目で頭脳で知識で喜んでいただけるメンズが集められている訳で。
この部に選ばれたら、会社公認のイケメンということらしい。
知らんけど。
その中で、アイツは元バスケ部の爽やかスポーツマン系。
今、映画でやってる『スラムダンク』の流川がずっと機嫌良く笑顔でいる感じ?
なんでメッチャ人気がある。
今も部も違う後輩のヤツに頼られたのか、後ろからPC.画面覗き込んで、2人で何か話ししてる。
顔、近すぎちゃうんか。
てか、なんでアイツを呼ぶねん。
同じ部のヤツに聞いたらええやんか。
ちょ、なんかようわからへんけど、その動き、マウス持つ手に手が重なってへんか?
なんでそんなに優しくすんねん!
思わず立ち上がった俺に気付いて、二人が顔を上げる。
バッチリ目が合ったら、アイツが邪気の無い顔で微笑んだ。
何か余裕のある表情でムカつく~!
俺は仕事の話しをしてるんやと思って必死で我慢してるのに。
「メッチャ、顔怖いで」
しばらくして終わったのか、アイツが笑いながら隣に座ってきた。
うるさいわ、誰のせいやと思ってんねん。
無視する俺に、更に近付いて俺のPC.を覗いてるふり。
俺の左隣に座って、右手は俺の椅子の肘掛けに、わざわざ左手を伸ばして俺の右側に置いてあるマウスを触る。
いや、近い近い。
そのまま、画面に視線をやったまま、ささやく声。
「なあ、顔上げずに聞けや。
さっき4部の佐々木に書類のフォロー頼まれててんけど、お前、俺らのほう立ち上がって見たやろ。
佐々木のヤツ、自分と目があったって言いよるねん。
アホぬかせ、言うねん。
お前は俺見とったいうねん」
はあ、なに言うとんねん、コイツ?
「竹中さん、メッチャ綺麗ですよね。クールビューティで、目が合っただけでドキドキしますって。
そやから、見んなって」
思わず顔を上げそうになった俺を制する声。
コイツは俺が嫉妬してるのわかってて、ちょっとからかうつもりであの後輩の側にいたらしいけど、反対にソイツが俺のこと言うてムカついたって。
何か意味わからん。
「そやから、アイツが何か言うても絶対に優しくすんなよ。
お前、自分が思てる以上にファン多いねんから」
はあ、その言葉、そのまま返すし。
(お前は俺だけ見といたらええねん)
なんて、お互い口にはよう出せへんことに気付いてへん俺達やった。
『カラフル』
(男子同士の恋愛模様ですので、お嫌いな方は素早く避難を)
ああ、ヤバい…
クラクラしてきた。
てか、目の前にお星さまがキラキラしてる。
チカチカするカラフルな世界に引きずり込まれて、フワフワと腰にチカラが入らない。
立っていられなくて、お前の服をキュッと掴む。
糸引いた唾液が切れて、口の端を伝い流れていく。
コイツ、なんでこんなにキスが上手いんだ。
俺の前に、何人とやったんだよ。
なんて、気持ち良くなればなったで、ちょっと嫉妬したり。
俺、お前と付き合うようになって、なんかみっともなくなってるかも。
でも、もう引き返せない。
お前の居ない『これから』なんて考えられない。
口に出してなんか、悔しいから絶対に言ってやらないけど。
心の中で繰り返す。
好き。
本当、好き。
『楽園』
(男性2人のお話です。お嫌いな方はお逃げ下さいませ)
2人で居れば幸せ。
2人で居れる場所が楽園。
なんて、思っていた時期は確かにあったのよ、俺たちにも。
せやから言うて、いつまでも甘い顔してるだけではすまされへんやん、一緒に生活しだすと。
なあ、何回言うたら靴下裏返ってるの直して洗濯機入れてくれるの?
またコンビニで袋買ったんか。
ええ加減、エコバッグ持って行けや。
てか、マンションの斜め前にスーパーあんねんから、スーパー開いてる時はスーパーに行ってぇや、その方が安いねんて。
ちょ、なんでこんなに雨吹き込んでるのに、窓開けたまま昼寝してんねん!
ホンマ、まじで意味わからん!
てか、洗濯物入れてへんから、メッチャ濡れてるやんけ!
あ~あ、またプリプリしとーわ。
ヤバイなぁ。
とはいえ、あの怒った顔がまた可愛いねんなぁ。
なんて言うたら、1週間はクチきいてくれへんようなるから言わへんけど。
付き合ってた頃は、普通に可愛い弟キャラやと思ってたけと、生活してみたらおかんキャラやってんなぁ。
けどそこがまたええねんなぁ。
気取ってんで済むっていうか。
俺の場合は、気取るどころかもうちょい気遣えって感じやろけど、やっぱり一緒に住んで良かったなぁ。
甘えて靴下そのまま洗濯機に入れるし、つい仕事帰りにお前の好きなアイス買ってまうし、雨にも気づかずに爆睡してるけど、反省はしてんねんで。
ほんま、ゴメンやで。
明日は奮発して、お前の好きなちょっと高い肉でも買うてこよかな。
勿論、エコバッグ持ってスーパーで。