「酸素」
駅で、虐められているのを見た。
高校生くらいの眼鏡の人が、
階段から落とされそうになって、動画も撮られて。
…笑ってたんだよ、加害者の三人とも。
相手が怒ってるの見て、笑いながら逃げたんだよ。
全身にずーんって来た。
ショックでしかなかった。
この世界に、本当にこんな人がいるんだって。
あのとき、
逃げる前にあいつらの腕を掴めていたら。
そんな後悔が、何かある度に頭で囁くの。
[お前の判断で、人一人傷つかずに済んだのにな。]
深呼吸をした。心を落ち着かせようと。
酸素が身体中に回った。それが、苦しかった。
【#140】
「記憶の海」
私は一生沈み続けるのだ。
浮き輪をやっと手にしても、
私の重りの方が強いらしい。
私にべったりとこびり付いたまま、
どう振り払っても取れない。
水の中だから尚更。
この重りが怖いからって逃げようとして藻掻き、
そして更に奥へ奥へと沈み、
想像した明るい水面から遠ざかって、
どう頑張ってももう戻れないのだ。
【#139】
「未来への船」
水に揺られて、吐き気がした。
俺も、お前らも、
こんな不安定な地面の上で
終わりの見えないゴールを求めて
何が面白い。
【#138】
「静かなる森へ」
新芽が顔を出して
涼しい風がそれを揺らした。
美しい緑色の木々は
ただこの瞬間を耐えている。
僕はそれらを通り過ぎて
仲間を殺したあの人間に
復讐に飛び立つのだ。
【#137】
「夢を描け」
僕には、黒い血が流れてる。
光らない太陽が、僕たちのてっぺんだ。
地面を掘って、赤い土を通り抜けて、
手が汚れた者だけが、一人前として笑えるんだ。
頭を抱えて、しゃがみこんで、
涙と汗と、黒い血が混ざりあっても、
手を汚さなきゃ、赤い土は見えないんだ。
光を失った太陽は、不気味に口角を上げた。
僕は体も動かず、ただへらへらと笑って媚びた。
その瞬間、悟った。
もう一生、黒と赤以外は見ることができないのだと。
夢見ていた数々の色は、夢で終わってしまうのだと。
泣いた。正座して、俯いて、畳に涙の跡ができた。
【#136】