雨の音が好き
ざぁざぁ降っているのも
しとしと降っているのも
ぽつぽつ降るのも
バケツをひっくり返したようなのも
窓際に座り
ミルクティーとカルメ焼きを片手に
雨の音を聞くのが好き
静寂では無いはずなのに
雨の音以外何も聞こえない
静寂
でも降り止まない雨はない
やがて降っていた雨は
湿った風と共に
本当の静寂を連れてくる
雨上がりの蝉の声を耳にして
季節が梅雨から夏になったなと
肌で感じた
あの頃の私へ
といっていつの頃の私へ届いているか分からないけど
この、過去へ手紙を送ることが出来るAIサービスを信用するなら
何かしらのメールで届いているのでしょう
時間を遡るのは無理としても
AIが診断して未来の自分が書くであろうことを送ってくれるらしいので
すごい時代になったものだと感心しています
と、この文章すらも
AI診断の自分なのだから
私ならたぶん苦笑しながら読んでいるのでしょうね
さてここからが本題
未来の私からあなたへ届けたいメッセージなのですが
実は
ありません
だって、今、あなたが起こす行動で
未来の私に変化があると困るからです
あなたの積み重ねが
私に繋がっている
私の周りの人間関係
私の周りの仕事
私の生活
全て
特に過去に修正を施したいものがないのです
もちろん順風満帆とはいえないし
出来たら仕事だってもっと欲しい
過去の努力で寄り良い状況もあるかもしれない
でも
私は努力しなかったわけではない
それは私が一番知ってる
だから、あなたはそのままでいい
満足してる訳では無いけど
過去の私に不満はないのです
どうか
そのままのあなたでいてください
この世で一番逃れられないものってなんだと思う?
原稿の締切?
ローンの支払い?
違う違う
血縁関係だよ
少し昔話をしようか
俺には四つ年上の兄の他に
一番上に姉がいたんだ
ちゃんと血の繋がった姉だよ
この姉には少々問題があってね
うちは旧家でさ、両親も姉には手を焼いていたから厄介払いと
早々に嫁に出したんだ
ところが、家を継ぎたかった姉は
ことある事に実家に入り浸り
旦那や子どもは放置
宗教にひっかかり、マルチに引っかかり、
借金を作っては実家に金を無心にくるようになった
それでも祖父が生きてる頃は良かった
厳格な祖父は抑止力になったからね
しかし婿養子である父の代になって
姉の暴挙は徐々に酷くなった
親父には
散々「金を貸すな返ってこないから」と忠告したが
あっという間に我が家の資産は食い潰された
父が死んで家業は兄が継いだが
年長であることを盾に好き放題だった
俺は姉が嫌いでは無かった
多少人となりに難はあるが血を分けた兄弟だ
だから忠告した
「借金を繰り返すと思わぬ所でしっぺ返しを受けることもあるから
ウチのような田舎で夜道を出歩くな」と
それから数日後
近くの用水路で姉が発見された
人通りの少ない畦道をどうして歩いていたのか
手に持ったビニール袋には
コンビニで買ったビールが数本入っていた
え?
犯人?
捕まってないよ
というか、なんで犯人さ
事故だよ
足を滑らせたんだ
君は俺が姉を突き落としたとでも
思っているのかい?
俺は、姉を嫌いじゃなかったよ
ただ
みんなには嫌われていたけどね
まあ、血縁関係ってのは逃れられないから
こういう別れの結末を願っていた身内は
いるかもしれないがね
§逃れられない
夕方5時の町内放送
ゆうやけこやけが流れてくる
それに合わせて
遊んでいた子どもたちは
「また明日」
と家路につく
毎日学校に行って
毎日顔を合わせることが
当たり前だった日々
大人になって
シフトで働いたり
リモートで働いたり
なんなら一日中家で仕事してたり
リアルに明日も会うなんて珍しくなってしまった
そう思いながら
「また明日も会いに来てくださいね」と
明るく最後の挨拶をし
顔の見えない相手に手を振る
そしてポッドキャスト配信の
電源を落とした
今日も僕は透明になる
そういう仕事だ
「車内の人お願いしまーす」
遠くの方で集合の声がかかる
今日は電車内のセットで、ガタゴトという効果音にあわせて頭をかすかに揺らすお仕事
エキストラ
最近はテレビ局の無料会員のような
ドラマに出られる!を売りにする募集もあり、素人さんもあるけど、
僕は一応仕出し事務所にいるプロだ
セリフも動きも無いのにプロも素人もないって?
そんなことはない
これでも結構大変なのだ
まずギャラがある以上、待ち時間がどれだけあっても僕達は文句一つ言わない
衣装も自前が多い
ま、時代劇は流石に自前じゃないけどね
日によってはスタンドイン(カメラテスト用替え玉)だって引き受ける
そして、一番重要なのが
透明になること
そう、僕らは風景なのだ
動かなければいいのでは無い、ちゃんと動いて生きてて、それでいて自然に溶け込んだ風景
スポットライトはメインの役者
引き立て役は脇を固める役者
そして僕らは輪郭すらもたない透明な役者
スポットライトに照らされることを夢見たこともあった
でも、僕には輝かしいスターの素質はなかった
顔は、特筆すべきほど美男子でも
忘れられないほどブサイクでもなかった
匂い立つような色気もなければ
目を引くような華のある演技力もなかった
だからその全てから否定された道を選んだ
目立ってはいけない
意味を持たせてはいけない
その場その時の空気に合わせて許される範囲でアドリブをする
誰になんと言われようど
立派な役者なのだ
§透明