「あークラゲが飛んでるー」
道を歩いいたら小さな子どもが空を指さした
見るとスーパーのビニール袋が風に身をまかてフラフラと飛んでいる
いや
よく見るとあれはゲイラカイトだ
小さな頃兄貴が買って貰っていて、それは羨ましかった外来種の凧
やっこ凧なんかとは一線を画した、黒や白の三角に模様の入ったビニール製の洋凧は
小学校でも持っている子どもは少なかった
子どものお小遣いでは買えない値段だったそれを
スーパーの袋を代用してそれっぽいモノを作ってみては
本物の飛行とは比べ物にならないクラゲを作ったものである
風を受けて高く上がる
風に吹かれて糸をのばす
やがて伸ばしきった糸が切れ
兄貴のゲイラカイトは野生の凧になった
およそ30年の時を経て
まさかこの令和で
私の頭上に
まだ飛んでいたのだろうか
動力は風
自然の力を鼻で笑うような飛行に
私は小さな敬礼をした
「人ってさ、その時その時間に意識的に生きてる事、本当に少ないらしいよ」
マグカップにドリッパーをのせて、ゆっくりとお湯を注ぎながら彼は言った
「どういう意味?」
「つまりさ、
心ここに在らずって言うけど
過去を思ったり
未来に夢をはせたり
もっと近いところでは晩御飯の献立や
昨日みたテレビだったり
そういう今じゃない時間に意識を飛ばしてるってことさ」
なるほど確かに
一日24時間のうち
睡眠を6時間としても残り18時間のうち一体何時間その時を生きているだろうか
「だから僕はこうやってコーヒーを淹れる時はなるべくその時の自分と意識を合わせることにしているんだ」
そうすることで少しでも
一生のうちに失われた時間を減らすんだ。
だって、勿体ないだろう?
そう言いながら
少し奮発して買ったキリマンジャロのコーヒーを私に渡した
湯気の向こうに揺らぐ景色を幻想的に見ながら
自分も今この瞬間に意識を合わせてみる
鼻腔をくすぐるコーヒーは
いつもより少し酸味が強い気がした
小さい頃小銭を握って
駄菓子屋にあるガムボールが出てくるくじをひいた
ガムの色によって当たりが決まる
今となってはあまりにもちゃちな紙箱のお菓子
でも箱のスイッチをかくっと押し込むことにドキドキした
今は800円もするようなコンビニの一番くじ
昔も今も
どれが欲しいとかじゃない
スイッチを押し込むドキドキ
くじをめくるドキドキ
値段こそ何十倍にも膨れ上がったが
この瞬間だけは
まだ子供のままでいる
くじに書かれたF賞の文字に
鼻を鳴らして
小さなタオルハンカチと引き換える
あーまた余計なモノ増やしちゃったな
呟いた瞬間
大人に戻った
私が死んだら後悔するよ?
そう彼女は言った
後悔?
こんなに毎日愛しているのに?
言葉にしなきゃ分からないなんてことあるわけない
彼女がいなくなってしまうその時まで
考えが変わらなかった僕は
今日も彼女が育てていたサボテンにむかって
愛を叫ぶ