「貝殻」
夏休み最後の週末、クラスの仲良しグループ30人で海に遊びに来ている
私はリーダーの前で披露したウミガメの産卵シーンがウケてグループの仲間入りを果たせた
どうしても仲間入りしたかった理由がある
そう、三年間想い続けた彼へ告白するためである
クラスで2軍の彼と接触できるチャンスは今日が最初で最後だと思い、恥を忍んでナミダを流して卵をたくさん産んだのだ
彼の水着姿が見られるなんて…私は体の芯を熱くした
これで満足してはいけない…今宵、彼と一つになるのだ
私以外、みんな海で楽しんでいる
チャンスがきたっ…ここでジャージを脱ぎ捨てこの大胆な水着で彼のもとへ駆け寄ればイチコロのはず!
貝殻を拾い耳にあてる…波の音が私を落ち着かせた
「セックス」
貝殻がそう呟いてくれた
恥を捨てろ、私は新人グラビアアイドルだ、どんな仕事でもやるんだ
私は満点の笑顔と貝殻ビキニで彼のもとへ駆けだした
「些細なことでも」
「バース、岡田、掛布じゃなくてバース、掛布、岡田バックスクリーン三連発」
………沈黙が流れる
彼は些細なことでも見逃してはくれない
「はははっ…そうだ、甲子園と言えばやっぱり松井秀喜の4打席れんぞ…」
「4打席連続じゃなくて5打席連続敬遠」
「…どうして些細なミスでも指摘するの?そのくせ私がポニーテールからベリーショートにした事には全然気付いてくれないじゃない!」
「ベリーショートじゃなくて丸坊主…とても似合ってる、好きだよ」
「ば…ばかぁ!」
彼の胸で泣いた、高校球児みたいに
「開けないLINE」
私をのぞいてみんな開けているようだ
どうしよう…バレてしまう
授業が始まる前にこれからクラスメイトとなる皆と少しだけ話したが誰も私より知識があるとは思えなかった
一人は「何もしてないのに動かなくなる」と
もう一人は「寂しかったから」と
最後の一人は「腰痛で毎日つらい」と愚痴をこぼしていた
そんな人達だったからつい自分は充実したスマホライフを送っていると吹聴してしまった
それなのに…
様子のおかしい私に気付き頬に大きな傷がある教官が近付いてくる
私は頭が真っ白になりスマホ教室を飛び出した
「言葉はいらない、ただ…」
渾身の右ストレートはもっといらない
僕がキスしたかったのは地面じゃなく君だったんだけどな…
呼び出した夕暮れの体育館裏
人生初の告白
人生初のOK…ではなくKO
薄れゆく意識の中、僕は願った
早く気付いて、用務員さん
「突然の君の訪問」
「へぇ、綺麗にしてんじゃん?おっ、エッチな本発見!」
「ちょ、やめてよ!」
まさかこんなやり取りを高校のアイドルだった君と出来るなんて…
「あらー…ホントに最低限のモノしか置いてないね」
冷蔵庫、ロデオボーイ、ベッド…無趣味でつまらない男の部屋…なんだか急に恥ずかしくなってきた
ドアを開けた瞬間、君だとわかった、卒業して15年も経つのに君は全く変わってない
「テレビとか見ないの?」と彼女
「あ、無いからスマホのワンセグで見てるんだ」と僕
「たいへん!じゃあ受信料払わなきゃじゃん!今すぐこの契約書にサインして!」
「えっ?ちょっと…君、NHKの徴収員だったの?僕をだましたの?」
「君、変わっちゃったね。クラス委員長だった君がまさかNHKと契約を結んでないなんて…どうしてそんなことが出来るの?NHKじゃなくて悪魔と契約しちゃったの!?」
大袈裟な…
「ごめん…サインするよ…でも約束してほし…」
「シャラップ!サインアップ!」
「………はい」
「で?何を言おうとしてたの?」
「15年ぶりに東京でこんな形で再会できるなんて…すごい奇跡だと思わない?これって絶対なにかの縁だと思うから連絡先交換しようよっ」
「下心丸出し…そのぽっちゃりボディを鏡で見てみなよ?ロデオボーイもろくに乗りこなせてない君が私を乗りこなせると思う?…さようなら」
バタン…
僕と縁があったのは彼女ではなくNHKだったようだ