冬になったら
「今の時期でこんなに寒いのにさ、冬んなったらどうなっちゃうんだよ」
ポケットに手を突っ込んで、亀のように首を窄める。
そんなに寒いかなぁと思いながら隣を歩く私は彼のポケットに手を入れて握る。
冷た!と悲鳴をあげながら睨まれるも、手を振り解くことはしないその優しさに笑いが込み上げた。
「何がそんな面白いんだよ」
「いやぁ?別にぃ?」治らない笑いを強引に押さえつけて答える。
太陽にはうっすらと雲がかかって、風が吹いて。握った手が少しだけ震えた。
「冬んなったらさ、北の方に行こ」
「普通あったかい方に行くんじゃないのかよ」
「スキーしたり鍋食べたりさ、海鮮も美味しそうだなぁ。北の方が寒いときに食べると美味しそうなの多そうじゃん」
なんだそれ、食い意地張ってんな。そう笑いながらポケットの手を握り返してくれた。
「北の方ね。行こっか。んで、うまいもんいっぱい食お」
また会いましょう
おれに会ったことあるって?そんなわけないだろ。今日が初対面だよ
え?会ったというより声を聞いた?ははぁ、そりゃまぁ街中なりどっかの店なりで聞いたんだろ。そんな雑踏でよく覚えてたじゃないか。
そうじゃないって?…食い下がるねぇ。じゃあそこまで言うんなら何処で会ったのか…いや、聞いたのか。教えてもらおうじゃんか。
ほぉら!言えないんじゃん!似たやつなんてごまんといるんだからやっぱおれたちは初対面なんだよ
じゃあ、そういうことだからさ。ちょっとおれ用があるんだよ。お前の妄言に付き合ってられないからさ。
まぁ、強いていうならだけど。神社で悪さするのだけはやめておけ。な。
もう会わない方がいいけどさ、まぁもし何かしらの縁ができたら、また会いましょう。
スリル
捕まるか捕まらないか。出来るか出来ないか。
そういったギリギリのところを楽しむのには度胸がいる。
肝試しをすることになった。
真夜中の廃神社に行って鈴を鳴らす。そうして社の周りを時計回り、次に反時計回り。最後に社に向かって一礼して帰る。そうして待機してある車に戻って次のやつの番。
つい今し方考えた、儀式とも言えない動作。
俺の番になって、怖さの欠片もないままに終えてあとは帰るだけ。
帰るだけなのに。
狛犬のところに誰かがいる。
一緒にきた友達だろうか、ふざけて驚かせに来たのだろうか。それとも、この神社の関係者か。
鈴の音が鳴る。肩を揺らして振り向く。
そんなはずはない。だって今は俺の番で。
「おれを呼んだのはお前だろ」聞いてことのない声が耳元でした。
脳裏
つらいことも、泣きたかったことも
楽しかったことも嬉しかったことも
覚えてる
忘れたいようなことだってつぶさに覚えているのに
脳裏の焼きついて離れないあなたのことだけは
意味がないこと
ぼくは工場で働いている
ベルトコンベアに乗って流れてくる野菜の向きを揃える仕事
果たしてこれは何かの役に立っているのだろうか
毎日毎日考える
多分この仕事に意味はない
この野菜前のラインでバラバラの向きにする担当の奴がいる
次のラインではぼくの揃えた野菜を逆向きにするやつがいる
その先ではまた逆向きの、そのまた先には野菜を立てるやつもいる
意味がわからない
あたまがおかしくなりそうだ
意味がわからない
意味がわからない