【真昼の夢】
ざわめく陽射しをたゆたうあなたの寝顔は穏やかで、優しくありたいと思う。
昼の方が眠くなるのってなんでだろうね、といつだったか言っていたのを思い出した。
窓の向こうを見る。そろそろ洗濯物は乾いただろうか。
どうかあなたが夜もよく眠れますように。
【夏】
汗でべたべたの身体に張りつくシャツが鬱陶しくて、ハンディファンで小さな抵抗を続ける。送られてくる風もなんだかぬるくて歩幅を大きくして歩いた。
少し切った髪に気づいてくれるだろうか。心なしか足取りが軽くなる。
ビル街の中の僅かな緑を強い風が揺らす。
どこか遠くで蝉が命を燃やしているらしい。
【隠された真実】
長いこと一緒にいるけれど知らないことはまだまだ多い。知らなくていいことだって時にはある。
出会う前の話とか、仲良くなる前の話とか、あなたはそれを多くは語りたがらないから無理には聞かないけど、語られないそれらがあなたをつくっていると思うとすべて知りたいという気持ちもある。
教えてくれなくてもいいから、いつか安心して委ねてくれたら。
揺れるまつ毛を見つめて、コーヒーをひとくち飲んだ。
【風鈴の音】
久しぶりに実家に帰ると少しだけ開けられた小さい窓の前で風鈴が揺れていた。
昔より背が小さくなったように見える母は麦茶を出して、お姉ちゃんが新婚旅行のお土産でくれたの、と笑った。
光のひとすじも通さないような鉄器の風鈴。それは見た目からは考えられないほど澄んだ音を時々響かせる。
外で子どもの声が聞こえて、楽しい記憶も苦い思い出も一瞬で浮かんで消えた。
グラスの中の氷が音もなく溶けていく。
いつか母に家で待つあの人を紹介したら受け入れてくれるだろうか。
汗をかくグラスを見つめて、ふとそんなことを思った。
【まだ知らない世界】
拍手に包まれて飛び出して行く。照明が強く光って回転している。
背中を追いかける。マイクの高さを調整している。
頭を下げる。すこし震える。
見慣れない客席は逆光であまり見えない。
ここまで来た。大丈夫。
呼吸をあわせて、紡ぐ。はじまる。
きっとこの先に、まだ知らない世界がある。