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7/26/2024, 4:09:26 PM

 『誰かのため』という、一聴して耳あたりの良い言葉。
 しかし、こうは考えられないだろうか。

 『己の行動の原理・責任を、他者に依存している』と。

 『誰かが喜ぶ』と『自分が嬉しい』。だとすればそれは、自分自身の為に他ならない。
 ならばそれは『誰かのため』ではなく『自分のため』であろう。

 自身の行動原理を他者に預け、失敗しても『誰かのためになると思ったから』で済ませる。

 そんな言葉が、考えが、とても嫌いだ。

7/25/2024, 5:42:02 PM

 男は銀細工の職人をしている。
 アクセサリやカトラリー、その他の日用品や装飾品など、気の向くままに作っては店に並べている。
 オーダーも受け付けており、先日はフレンチレストランからカトラリーセットを大量に受注した。
 大口の注文は有難いのだが、その間は「自分の作りたい物」を作るのが難しくなる。
 なので男は、カトラリーセットを無事に納品してから暫くは、自分の好きな物を黙々と制作していた。

 ある日、男の工房に来客があった。
 工房兼店舗であるので、来客があるのは別に変わったことではない。ただ最近はインターネットでの通販が主流なので、店舗を訪れる客が減っているのだ。
 わざわざ足を運んでくれるとは有難い。

 やって来た男性は、店内をぐるっと見て回り、ある作品の前で足を止めた。
 それは、男が先日まで一心不乱に作っていた作品だ。
 好きな物を思う存分に作れるという喜びから、えらく凝った作りになってしまった鳥かごだ。
 そもそも鳥かごの材質として銀はどうなのだろうか、とか。大きさの割に凄まじく重い、だとか。貴金属の中では安い方とはいえ、鳥かごにしては冗談みたいな値段がする、だとか。
 そういった現実的な部分を綺麗に度外視した作品だ。

 まあこんな物を買おうと思うのは、余程の物好きだろう。
 自分で作っておきながら、男はそんな風に考えていた。

「すみません、これいただけますか?」
 なので、男性がそう言った際、男は思わず「は?」と呟いてしまった。

 自分でも実用性は全く無いと思っていた物を所望され、男は何度も男性に「本当にいいのか」と尋ねたが、男性は笑いながら「一目惚れしてしまったので」と答えた。「実際に鳥を入れるわけでもありませんし」とも。

 男性はカードで支払いをすると、鳥かごを大事そうに抱えて店を出て行った。
 美しく出来たとは自負しているが、あんなのを分割払いしてまで買ってくれるとは。世の中には好事家というものは居るものなんだなぁ。
 男はそんな風に思うのだった。

 それから一年程度経ち。
 男の元に一件のメールが届いた。
 インターネットの受注フォームから、オーダーメイドの注文だ。
 それは、以前鳥かごを買ってくれた、あの男性からだった。

 曰く、例の鳥かごはとても気に入っている。同じような物がもう一つ欲しい。前回と同じようなサイズで再度作っては貰えないだろうか、との事だった。

 男はそれに、材料の調達期間と制作期間を加味して、「これくらいの時間がかかるが大丈夫か」と尋ねた。大丈夫だと返事をもらい、男は制作に取り掛かる準備を始めた。

 それからも、男性から鳥かごのオーダーが数度入った。
 納品した数が5つを数えた頃。
 男が見るともなしにつけていたテレビから、情報提供を求める女性アナウンサーの声が聞こえた。
 未解決事件の特集番組のようだ。
 逃げたまま捕まっていない凶悪犯、ある日忽然と姿を消した女の子、そもそも犯人すら分かっていない殺人事件…。
 そういったものを紹介し、情報の提供を呼びかけている。

 うちの県も行方不明者多いなぁ…。物騒だなぁ。
 そんな事を思いつつテレビを眺めていたのだが、男は一つの事件の報道に釘付けになってしまった。

 それは、男が住む県と、その近隣県に跨って起こった(または、現在進行形で起こっている)死体遺棄事件だ。
 いずれも被害者は若い女性で、遺体をばらばらに切断され、それぞれ別の場所に遺棄される…という事件だ。
 DNA鑑定から被害者の身元は確認されており、現在少なくとも5人が被害に遭っている。
 そしてそれら被害者に共通する事項として、遺体の大部分は見つかっているのだが、頭部だけは未だ見つかっていないのだ。

 いやいや…。そんなまさか。
 考え過ぎ、考え過ぎ。そんな、映画やドラマじゃあるまいし。

 そんな風に思いつつも、男は注文台帳を確認した。
 そして深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けてから、スマートフォンを手に取った。

「あ、あの…、情報提供になるかどうかは分からないんですけど、構いませんか…?」


 数日後、連続死体遺棄事件の犯人が捕まったと、全国ニュースで大きく報じられた。