真昼の夢
普段乗らない地方の特急電車に、暖かい日の光を背に感じながら席に座っていた。平日の昼の電車は人もまばらで、ざっと十人くらいは座れそうな席に間隔を空けて二、三人座っている程度の混み具合。電車自体も中々止まらないから、人の乗り降りもアナウンスも少なくとても静か。次の駅に着くまであと何分か気になって落ち着かず、何度もロック画面を確認する。あと二十分と理解したところで、ふとロック画面の本人の存在が気になり、左肩に目を向ける。
朝に「絶対今日は寝ない!寝ないから!」と意気込んでいたその口は、今やすーすーと優しい息を立てるのみになっていた。どうりで、さっき変えたロック画面にも食いついてこない訳だ。自分が選ぶベストショットは大抵お気に召さないようで、もっと良いのあるでしょとぶーぶー言われるのが定番になっていた。
窓から見える風景に緑が増えてきた頃、不意にもぞもぞ頭が動いて、また寝息が聞こえ出した。「寝ない」という宣言通りに寝なかったことなんてないし、今日も確実に寝るだろうと思って自分の左隣に座らせたから良いのだけど。眠るといつも頭が右に傾くと気づいたのはいつだっただろうか。少なくとも、自分以外の肩で眠って欲しくないと言う嫉妬心が芽生え出した後ではあるが。最初の頃はこくりこくりと動き出す頭にどぎまぎして、誰にも触れられないようにと警戒してキョロキョロしていたのが懐かしい。今では当たり前に預けられる茶髪の重みが愛おしくて、肩を動かさないように寝顔を覗き込む。いつもはこっそり自撮りで寝顔をおさめるぐらいで大人しく専用枕に徹しているけど、今日はちょっとした悪戯心が顔を出した。むにっという擬音がぴったりな柔らかい頬を人差し指で突き刺す。こういう時に傷つけなくて済むからやはり爪は伸ばさなくて正解だと思った。抵抗してこないのを良いことに、好き放題頬を弄ぶ。こっちは、もうすぐ到着する知らない土地で、初対面の両親へ挨拶するからこんなにも緊張していると言うのに。いつになく焦っているこちらのことなんてつゆ知らず、幸せそうに微笑んでいるこの子はどんな夢を見ているのだろうか。
夏
夏。君と会ったのも、付き合ったのも、別れたのも、また会ったのも、夏。だから結婚するのも夏にしようなんて言って笑ってたのも、いつかの夏。
隠された真実
全て子供騙し。夜に口笛を吹いても蛇は来ないし、食べてすぐ寝ても牛にならないし、雷が鳴ってもおへそを隠さなくても良い。しかし不思議だ。あれは嘘だったと真実に気づく頃には、我が子に同じ言葉をかけていたのだから。
届いて.....
密かにしたためた文が、ついに文庫本一冊ぐらいの厚さになったから、思い切って出してみようなんていう頭の悪い発想が浮かんだ。字が特別上手ではないし、綺麗な言い回しや言葉は使えていないかもしれない。だけど、ちゃんと全部自分の言葉で、見てて恥ずかしいぐらいに真っ直ぐに、伝えたい思いを余すことなく伝えている。だけど、もはやこの量なら狂気さえ感じる。ただ純粋にあなたへの感情を綴っただけなのに、受け取る方は勇気がいるかもしれない。だから、もう全てを捨てて単純に伝えることにした。
「好きです。」
「えっ、私も好き。」
なんだ。たったの4文字で、たった1秒で、伝わった。呆気ないからか、やっぱり嬉しいからか、なんとも言えない笑みを浮かべた自分に彼女は微笑んだ。
あの日の景色
頭が痛くなるほど考え込んでもあまり思い出せないあの日の景色。始まるまではあんなに長かったのに、君が出てきたと思ったら時間は一瞬で、気づいたらもう最後の一曲。涙は止まらないのにMCの時間では何も考えられず笑っていて、ああこの空間が大好きだと叫びたくなった。目の前で起こる怒涛のパフォーマンス、止まらない歌。あの日だけ夢だと言われても信じてしまうぐらい、でも信じたくないほど、あの情熱は現実のもので、息をするのが辛いぐらいの熱気が心地よくて幸せだった。何度も思い出したい、思い出せない、あの日の景色。