もんぷ

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3/3/2025, 2:18:24 PM

ひらり

 自分がまだ三歳の時、ピアノの発表会の衣装を探しに母と大きいショッピングモールに訪れた。母に好きなのを選びなさいと言われたから、自分は真っ先に淡いピンクのチュールがひらりと揺れるドレスを指差した。
「ねぇ、あれがいい!」
すると、母は困ったように眉を顰めて言った。
「だいくん、あれは女の子用だよ。」
当時の自分はその意味はあんまりわからなかったけど、母が困っているならダメかと素直に諦めた。

 自分が男だと理解したのはいつだろう。四歳の時に母と近所のおばあさんに挨拶したら「だいきくん、将来男前になりそうね。」と頭を撫でられた時だろうか、幼稚園でお姫様ごっこに混ぜてもらえた時に自分だけ与えられた配役が王子様だった時だろうか、小学生一年生の時に仲良しだと思っていた香奈ちゃんに「かなのおむこさんになってくれない?」とほっぺにちゅーされた時だろうか。

 自分が女になりたいと理解したのはいつだろう。三歳の時にピンクのドレスを着たいと思った時だろうか、五歳の時に「だいくん」や「だいきくん」ではなく「だいちゃん」と呼ばれたいと親友にだけ打ち明けた時だろうか。それとも…

 高校二年生の時、桜がひらりひらりと舞う帰り道で、
「…だいちゃんにだけ言うわ。俺、三組の香奈ちゃんが好きなんだよね。」と好きな人に告げられた時だろうか。

3/2/2025, 11:40:46 AM

芽吹きのとき

 芽吹と書いてそのままめぶきと読む名を持つ友人。三月に生まれたその子は他の同級生よりも少し背が低く、体育館での集会ではいつも一番前で腕をくの字に曲げていた。その子の性格を一言で表すとするならば「おっとり」。小学校低学年の頃なんて、みんな給食を食べ切れば我先にと校庭に駆けていくのが定石だが、その子が休み時間にボールを持っている姿なんて一度も見たことが無かった。だから小学校を卒業するまでに休み時間に一緒に遊んだことは一度も無かったが、家が近かったから下校の時はその子とあと三人くらいで一緒に歩いていた。クラブ活動が始まる四年生まで毎日下校を共にしていたのにも関わらず、その子に関する思い出は少ない。

 色濃く残っている記憶といえば、掃除の時間が始まるからと急いで教室に帰ってきた時に、その子の机にはまだ食器が広げられていたこと。やたらと化粧の匂いがきつい先生に「最後まで食べ切りなさい」と言われ、半分以上残っているコッペパンに泣きながらかじりつくその子の姿と、みんながその子の机の周りを避けながら箒を掃いて集めた埃の汚さはすごく覚えている。

 それと、学校でベルマークを集めた時、その子が袋いっぱいのベルマークを先生に出してその日だけクラスの人気者になったこと。別に競っていたわけではないが、絶対に自分の家が一番集めていたと思っていたから負けたのが悔しくて、その子が褒められているのを素直に喜べなかったのを覚えている。

 あとは、一緒に下校した時に芽吹という名前が嫌だと話していたこと。あまり自分を語らずにみんなの話をニコニコと聞いていることが多い子だったから驚いたことを覚えている。なんで嫌なのかを聞くと芽吹の芽には牙(きば)があって、めぶきという名前に武器(ぶき)が入ってて物騒だから嫌だと言っていた。今考えると平和主義なその子らしいなと納得できるが、それを聞いてもピンとこなかった当時の自分はどんな名前なら良いのかと聞いたら、少し考えた後にのぞみと答えた。隣のクラスに希という背が高くて足が速い活発な子がいたからきっとその子を思っての言葉だったんだろうが、当時の自分は「でも希の漢字にはバツついてるけどいいの?」みたいなトンチンカンなことを言った覚えがある。その後、その子はなんで言ったっけ。二十年前くらいの記憶だからあやふやだ。この前実家に帰った時に母親が芽吹ちゃんのとこ女の子生まれたらしいよと教えてくれてふとその子の存在を思い出した。懐かしい。今はその子のペースでごはんが食べられてたらいいな、自分はもう集めてないけどまだベルマーク集めてるのかな、いらないこと言っちゃったけど希だって素敵な名前だよな、自分の一言で希っていう名前嫌になってなかったらいいな、むしろ希って子どもにつけててほしいな、幸せでいてほしいな、とぼんやり考えながら芽吹いた植物に水をやった。