「じゃあ、またいつか」
「うん」
言いながら、お互いにもう会うことはないと分かっていた。
ただ、この場を不穏なものにしたくないだけの、上っ面だけの言葉。
罵倒も懇願も優しさも誠意もない。
そして、それ以上に未練もない。
だからまあ、上辺だけなのは当然だ。
あんなに激しく肌を合わせたのに。あの時間すら汗と一緒に排水口に流れていった。
音もなく走り去るハイブリッドカーの後ろをぼんやりと眺めながらくるりと踵を返す。
行く宛はない。
ただ、振り返りもせず去っていった男と反対方面に行きたかった。
「海にでも行くか」
誰にともなく、そんな言葉が口をつく。考えていたわけではない。海が好きなわけでもない。ただ、本当に何となく口をついた。けれど、なんだかとても良い考えな気がした。
あの部屋で洗い流した色々なものが、流れ着く先を見てみたかった。
きっと、その場所だってつまらない海だろう。けれど、そのつまらない水面の反射をみてみたい。その光を浴びてみたい。
つまらなくてくだらない水面は、たぶんキラキラして綺麗だ。
その海を見てみたかった。
「じゃあらいねん! やくそく」
無邪気な顔で娘が笑った。
冬の知らせは足元から来る。
誰が言ったのかは知らない。何かの詩だったのか、あるいはただの広告か。ただ、そんな言葉が不意に浮かんだ。
何気なく歩いていた足元から、カサリと、軽くて乾いた音がした。立ち止まって見下ろすと、黄色く色づいた葉を革靴が踏んでいた。音の出所だ。足を退けると、落ち葉は何事もなかったように舗装された道路の上を滑るように動いていく。視線を辿ると、同じような葉が遊戯のように歩道一面をくるくると舞っていた。
その規則性のない動きを見て、思わず家にいる娘を連想して、ふ、と口角が上がる。
そういえばここ最近寝顔しか見ていない。別任務が立て込んでいて、帰宅は夜半になっているせいだ。
一瞬逡巡する。だが、いやいやと頭をふって思考を追い出す。今日もこれから戻って報告をする予定がある。ホリデーシーズンに入る前に、なんとかもう一歩、いや、半歩でも駒を進めたい。焦りは禁物とはいえ、のんびり構えていられる猶予もない。その思いは先日直接言葉を交わしたことでより一層濃くなっている。
今日中に帰れれば御の字だ。なにを悠長に「帰りたい」などと……。
――帰りたい? どこに?
途端、ザッと一回強い風が吹いて、被っていた帽子を抑えた。鍔の隙間から、黄色く色づいた葉があとからあとから幹から離れていくのが見える。
彼女たちと出会った頃、木々はまだ青々としていた。それは覚えている。
いつの間にか、季節がこんなにも進んでいたのか。
「……」
もう一度、小さく頭を振る。
今まで持ったことの無い感情に蓋をして、腕時計で時間を確認する。
「……」
少しだけ。
1、2分会話するくらいの時間はある。近くにある公衆電話から、慣れてしまった番号をプッシュする。
足元では、また小さい落ち葉がくるくると歌うように舞っていた。
木枯らし
あしか