「じゃあ、またいつか」
「うん」
言いながら、お互いにもう会うことはないと分かっていた。
ただ、この場を不穏なものにしたくないだけの、上っ面だけの言葉。
罵倒も懇願も優しさも誠意もない。
そして、それ以上に未練もない。
だからまあ、上辺だけなのは当然だ。
あんなに激しく肌を合わせたのに。あの時間すら汗と一緒に排水口に流れていった。
音もなく走り去るハイブリッドカーの後ろをぼんやりと眺めながらくるりと踵を返す。
行く宛はない。
ただ、振り返りもせず去っていった男と反対方面に行きたかった。
「海にでも行くか」
誰にともなく、そんな言葉が口をつく。考えていたわけではない。海が好きなわけでもない。ただ、本当に何となく口をついた。けれど、なんだかとても良い考えな気がした。
あの部屋で洗い流した色々なものが、流れ着く先を見てみたかった。
きっと、その場所だってつまらない海だろう。けれど、そのつまらない水面の反射をみてみたい。その光を浴びてみたい。
つまらなくてくだらない水面は、たぶんキラキラして綺麗だ。
その海を見てみたかった。
7/22/2025, 12:17:06 PM