なんて美しい音だろう
君の操る人型戦車の駆動音はまるで、歌のようだ
君が紡ぐ歌は他のどのパイロットよりも素晴らしい
駆動音が歌声なら、君が次々と倒していく敵の、破壊される音はオーケストラだ
この戦場において、コンサートを存分に楽しめるだなんて、僕はどれだけ幸運なのだろう
だけれど、いつまでも聞き惚れてはいられない
そろそろ僕も動かなければ
このコンサートにアンコールはいらない
とても惜しいけれど、僕と君は敵対する者同士
君が味方であったならと、何度思ったことか
あんなに美しい駆動音と、鮮やかな破壊を行えるパイロットが果たしてこの世にどれだけいる?
僕は今まで、君ほどの腕を持つ人に出会ったことがない
しかし、こちらにも譲れないものがある
敵として対面した以上、僕は全身全霊で君の命を奪いにいくよ
今日こそは決着をつけよう
君のコンサートは、今日で永遠に終演となる
せめて、僕の魂にその歌声を刻み込もう
どうも、光と霧の狭間です
面倒くさいですよね
ここには苗字が狭間の人間が十人いますから
言うまでもなく全員親族なんですけど
さらに私は名前が二つありますから、本当に面倒ですよね
改めまして、狭間光もしくは狭間霧です
なんで二つも名前あるんでしょうね、私
法律上も特例によって二つの名前が認められているって、わけわからないと思いません?
私が二つの姿を持つから、なんですって
今の私は霧ですね
光の時は全然違う姿になるんですよ
似ても似つかない
二つの自分を楽しめていいね、なんて言う人もいます
けど、自分で好きに変えられないんですよ?
残念ながら一日おきに強制的に姿が変わっちゃいます
だから一度会ったことのある人から別の姿で困惑されることも何度もありました
DNAも違うので同一人物なのにある意味同一人物と認められません
ふざけてますよね
でも性格だけは変わらないんです
そこだけは助かってるところで
まあ、私の特性は面倒くさいですけど、狭間一族はみんな面倒くさい特性が備わってますからね
来るなら覚悟がいりますよ?
なんて、そんなのとっくに承知の上ですよね
狭間家へようこそ
あなたが私たち一族の一員になる時、あなたもなんらかの奇妙で面倒な特性が備わりますが、私たちはあなたを歓迎し、何があっても味方でいて、全力で守ります
あなたも、私たちのことをいつも味方でいようと思えるくらい、絆を感じるまでになってくれたら、嬉しいです
砂時計の音は聞こえない
しかし、たしかに砂の流れる音は鳴っている
ただ、小さすぎて耳に入らないだけだ
俺の仕事もそう
誰の目にも止まらないが、存在はしている
違うことといえば、砂時計の音は存在していようといまいと大した差はないが、俺の仕事はなくてはならないという点か
なんの仕事をしているかって?
なに
普通の人間がいちいち気にするような内容じゃない
それでも知りたいというのなら、話してやろう
多くの人は知らないが、世の中にはある条件を満たすと誕生する怪異ってやつがいる
大抵の場合、それは人に害を及ぼす
だから、誕生した場合は専門家が速やかに排除することになってるんだ
だが、俺の仕事はそんな派手なもんじゃない
大切な仕事だが、やることは地味なもんさ
俺の専門は、怪異誕生の阻止だ
街中を探して、怪異誕生の条件を満たしそうな場所をいじって、未然に防ぐのさ
それはその辺の石の位置を変えるとか、ポイ捨てされたゴミを拾ってゴミ箱に捨てるだとか、そういう些細なことだ
空き家の朽ちかけた家具を完全にぶっ壊す、なんてのもあるな
怪異は妙な条件で誕生する
普通じゃわからないような、なんの変哲もない物のちょっとした位置関係とかでな
むしろ、誰かがわざと意味有りげなことをやって発生する怪異なんてものは、まず存在しない
それが逆に厄介なんだが、その厄介を解決するのが俺ってわけだな
とはいえ、どうしても全ては防ぎきれないから、怪異を排除する専門家も必要なんだ
ま、彼らの仕事が増えるか減るかは、俺や同僚の働き次第だ
俺のやってることは、地味で目につかない仕事だが、人々の平穏を守れるってのは、すげえ気持ちがいいもんだぜ?
あんたも、興味があるならやってみるか?
責任重大だが、意外と危険は少ないんだ、この仕事
消えた星図はどこへ行ったのか
どこを探しても見つからないだろう
なぜなら
消えたのは星図じゃない
宇宙と星々が存在するという事実だ
空に星が存在しないのだから、星図も存在し得ないのだ
青い空がいつまでも、どこまでも続いている
夜はない
そして、太陽もない
ただ、この世界が空から降りてくる光によって明るく照らされているだけ
私以外の人々は、かつてこの世界が宇宙という恐ろしく広い空間の中にある、ごく小さい地球という惑星だったことを覚えていない
この世界は外側というものが失われたのだ
人類も地球も、いつかは滅亡する
しかし、私はそれを阻止した
永遠にこの世界が繁栄し続けるように、改変したのだ
なぜ私にそんな能力が備わったのか、それはわからない
わからないが、利用しない手はないと思った
夜が消滅してしまったのは想定外だが、世界の繁栄に比べれば些細なことだ
この世界は滅ぶことなく、永遠に、生命とともに存在し続ける
それが私にとって何よりも優先されるべき、重要なことなのだ
愛 - 恋 = ?
ホワイトボードにそんな式が書かれていた
家族愛とか、友愛とかかな?
恋のない愛っていうのは
これを書いたのは、筆跡を見るに会長だろうなぁ
私が所属している、ムンサという会員制の集まり
入会条件はIQテストに合格すること……というような会ではなく、SNSでなんとなく繋がって、謎の公式サイトを共同で立ち上げた人たちの集団だ
定期的にとあるビルの、会長が所有する一室にみんなで集まっている
やることといえば、適当に話しをしたり、ゲームやったり、ダラダラしたり、たまにサイト更新のネタ探しに外へ出ることもあったり
で、ムンサの部屋のホワイトボードに会長が式を書いたようだけど
式を見つめていると、「ただいまー」と言う声が聞こえてきた
大量のお菓子を買って会長が帰ってきたのだ
会長は私が式を見ていたことに気づいた様子
ニヤッと笑ってこっちへ来る
「この問題解けた?」
「これ、明確な答えとかあるんですか?」
「無い
答えによってその人の心理をでっち上げるつもり」
「心理テスト的な?
答えづらいなぁ」
「いいからいいから
会長を信じて」
下手な答えを出せなくなったけど、どうせ会長が何を言い出すかなんてわからないし、ぱっと思いついたことを言おう
「じゃあ、家族愛で」
「ふむふむ
この問題は、あなたが飢えている愛と、私に求める愛がわかります」
ロクな内容じゃなかった
前半はともかく、後半が
そもそも私は家族愛は満たされてますけどね
というか、しれっと式で恋愛の可能性だけを完全に抹消している点に、保身の形跡が見られる
「そうかそうか
私には家族のように思われたいんだね
私のことはお姉さんだと思ってくれて構わないよ?」
なんか機嫌良さそう
なんで自分ででっち上げた内容でああもはしゃげるのか理解できない
でも、ああいうおかしなところがこの人の魅力だと思う
見ていて飽きないというか
だからこそ、みんなこんな怪しい集まりにずっと参加してるわけだし
私はたしかに会長に対して愛を持っている
家族愛でも友愛でもまして恋愛でもない
自分でもわからない、言葉にできない不思議な愛だ
はっきりとした正体はわからないけど、この気持ちは、大事にしたいな
ま、会長には絶対に言わないんだけどね