どうやら僕はモノクロの世界に迷い込んでしまったらしい
周囲のすべてに色はなく、僕自身の姿もモノクロになっている
なんとも不思議な光景だ
昔のモノクロ映像や写真なんかは見たことがあるが、自分がその中に入ったかのような体験をできるなど驚きだ
だが、妙に落ち着く感覚がある
僕はこのモノクロの世界が気に入っていた
見えづらいことがあっても、すぐに慣れていく
人の適応能力というのはすごいものだな
この世界でしばらく過ごしたが、モノクロというのはとても静かだと思う
音の話ではなく、目に映る景色がうるさくないのだ
そう感じて初めて気付く
僕はどうやら、カラフルというものに疲れていたのだな、と
こんなに心穏やかな気分で生活したのはいつぐらいぶりだろう
もしかしたら、これまでの人生の中で一番穏やかなのかもしれない
気分はとても爽やかで、心地いい
モノクロ生活を満喫していたある日、ふと、心の中でウズウズした感情が芽生えるのを感じた
僕はなんとなく、その正体がわかっていた
このモノクロの世界へ迷い込んだのは、疲れていた僕の心を誰かがリフレッシュさせてくれようとしたからなのだと思う
その誰かが誰なのかは知りようもないが
ただ、僕の中で芽生えた感情は、もう休息は満足するまでとれたと言っている
色鮮やかな景色へ帰りたい
僕の感情はカラフルな世界を望んでいた
僕はモノクロの世界というリゾート地で休みをとっていただけ
いくらいい場所でも、毎日いたら飽きてくる
ここは僕の旅行先であって、安住の地ではないということだ
休暇を満喫した僕は、思い残すことなく、元のカラフルな世界へと帰った
叶うなら、疲れた時はまた訪れたい
あのモノクロの世界に
生物の命
星の寿命
そして宇宙まで
あらゆるものに永遠なんて、ないけれど
絶対に永遠は存在しないのか?
永遠がないとしたら、終わりの後はどうなるのだろう?
すべての始まりは存在するのだろうか?
存在するとして、その前はなんだったのか?
始まりの前にも、終わりの後にも、何もないのだとしたら、いま存在している世界はなんなのだろう?
有限とはいったい……
永遠とはいったい……
とかそういうことを考え始めると、頭がおかしくなりそうなのでやめました
いやぁ本当に、知識もないのに素人がそんなことを考えちゃダメですよ
思った以上にストレスがたまりますから、こういうのは
考えてもわかるわけないし
そんなわかりもしない、答えも出ない難しい話を考えるより、今日の夕飯をカレーにするかパスタにするか考えたほうがよっぽどタメになるでしょ
それか、対戦ゲームの戦略を考えるとかね
永遠がないんなら、今を思いっきり楽しむのがお得です
考える意味のない話でストレスをためるなんて、時間的にも心にとっても、もったいないことこの上ないですから
もっと自分が幸せになることができるといいと思います
あんな難しい問題は専門家に取り組んでもらうのがいいですよ
専門家ですら頭を抱えるような話題は無視して今日は……そうですね
前から気になっていたカプセルトイでも回しに行きますか
ついでにクレープ屋へ久々に、お気に入りのクレープを食べに行くのも最高じゃないですか?
涙の理由?
聞きたいのかい?
聞いたところで面白くもなんともないよ?
それでもよければ話そう
僕がなぜ涙を流すのか
先日、僕の叔母の旦那さんのお母さんが、山へ行ってきたらしいんだ
その山はその人のうちの所有する山で、山の幸を採るために行ったんだね
いつもより美味しそうに育っていたから、喜びながら採ったんだって
後日、叔母が僕のうちへ、もらった山の幸をおすそ分けしに来てくれたんだ
家族で美味しくいただいたよ
ほんと、美味しかった
でも、その中にしいたけがあってね
しいたけだけならよかったんだけど、しいたけに似た毒キノコが混ざってたみたいで
まぁ命に関わる毒じゃないんだ
だけど、ここまで言えばわかるよね
そのキノコ、食べるとしばらく涙が止まらなくなる症状が出るキノコだったわけだよ
食べたのは昨日のことさ
今日になっても止まらない
笑い茸ならぬ泣き茸
そんな名前じゃないんだけどね
というわけで、肉体的な反応で涙を垂れ流しているのであって、精神的なダメージとかじゃないし、命に別状もないから、心配しなくても大丈夫
今日は会う知り合いみんなに心配されて、申し訳ないくらいだ
致命の毒キノコじゃなかっただけ、全然マシさ
コーヒーが冷めないうちにさっさと終わらせたいもんだ
仕事終わりのホットな缶コーヒーはうまい
冷めたら台無しになってしまう
それに、先に仕事を終えた後輩に金を渡し、缶コーヒーを買ってもらって待機させているから、長く待たせるのも悪い
目の前のこの気持ち悪い怪物が、人前に出て暴れる前に討伐するのが俺の仕事だ
普段は異空間にいるんだが、何かの加減でこちら側の世界に現れる
そして人を見ると襲いかかるんだ
怪物は特殊な物質を含む武器しか効かない
俺は怪物の肉体を破壊するための刀を構え、相手の動きを待つ
こちらから突撃するよりも、相手の攻撃を待ち、向かってきたら動きを見切って切り裂く
それが一番いい倒し方だ
こちらを視認した怪物がうねうねした気持ちの悪い動きで走り出し、鋭い爪の生えた手を振り下ろそうとしたところで、俺は腕を切り落とす
そしてそのまま体を回転させ、胴体を斜めに両断した
絶命した怪物はそのまま黒いもやになって消えていく
攻撃に積極的な怪物でよかった
慎重なやつだと無駄に時間がかかるからな
一仕事終えた俺は後輩のもとへ向かう
ホットな缶コーヒーで一息つくために
労いの言葉をかけてくれる後輩から、お楽しみの缶コーヒーを受け取ると……その缶はキンキンに冷えていた
アイスコーヒーじゃねえか!
後輩によると、今は夏だからアイスがいいと思ったとのこと
違うんだ
季節なんて関係ない
俺はホットコーヒーで喉を軽く焼くのが好きなんだ
アイスコーヒーは好みじゃないんだ
ちゃんと言わなかった俺が悪いが、このがっかり感はキツい
仕事のあとの楽しみなのに
気持ちよく仕事を終えるはずだった俺のテンションは、ダダ下がりになるのだった……
死んだ覚えはないんだけど、目が覚めたらゲームの世界に転生していた
かなり思い入れの深いゲームの世界に
ただ、元の世界での生活があったので、嬉しいという感覚は殆どなかった
いや、ちょっとはあったけど、誤差範囲
それでも、好きなキャラクターたちに囲まれるのは、たしかに気分がいい
優しいキャラばかりだし、明確な敵キャラとも、和解で終わるゲームだったから
モンスター的なやつとの戦いがメインだしね
さて、突如主人公たちが住む拠点に現れた私は、ごまかさずに事情を説明した
みんな驚きつつも、私の言うことを信じてくれて、やっぱりいい人たちだとホッと胸をなでおろす
ちなみにこのゲーム、プレイヤーは異世界から介入する指揮官という設定で、キャラからは姿は見えず、宙に浮く小型ロボットから声が聞こえている、という設定だ
プレイしていた時の指揮官は当然私
が、しかし
今、私はこの世界にいるので、指揮官(=プレイヤー)は別人
そもそも喋り方も声も違う
この指揮官はいったい誰なんだろう?
どっかで聞いたことあるような
ま、どうでもいいか
しばらくして、私にも戦いの適性があったらしく、一緒にモンスターを倒すことになった
危険な仕事だけど、なかなか充実している
みんなと過ごす日々が楽しいからだと思う
ただ、奇妙に感じていることがあって
最初はちょっとした違和感だった
物語の順番が前後したのだ
そういうことがちょくちょくあって、私が介入したせいかも、なんて軽く考えていたんだけど、いよいよ無視できない異変が現れた
知らない物語が始まったのだ
物語自体はゲーム時代と変わらないノリ
バトルもののゲームだとは思えないほど、明るく、コメディタッチのやりとりが続く
でもその内容は、全くの未知
知らない設定がポンポン出てくる
ちょっとこれ大丈夫なの?
なんて心配をしていたら、ある日、指揮官にひとりだけで呼び出された
この世界について話したいらしい
『私は、このゲームのシナリオ担当です
知ってますか?』
どこかで聞いたことがあると思ったら、生配信とかにも出演していたシナリオ担当の方だった
まさか指揮官をやっていたなんて
『実はゲームを起動したら、私の知らないクロスアが始まりまして
驚きながらもプレイしたら、キャラと直接会話できたり、覚えのない物語が展開されて、さらに驚きました』
クロスアというのは、このゲームの略称だ
『まあ、あなたが現実世界から来たと聞いた時には、理解が追いつかず頭が痛くなりましたけど』
シナリオ担当の指揮官によると、ここは元のゲームとは別の運命をたどる似て非なる世界
つまり、パラレルワールドではないかとのことだった
指揮官はとりあえずクリアを目指すらしい
私もクリアすれば元の世界に戻れる気がする
先に断っておくと、このあとなぜゲームの世界に私が転生することになったのかとか、パラレルワールドの正体は?とか、そんなのは明かされることはなく
私としてもそのあたりはどうでもよかったので、登場人物としての日々を楽しんだ
指揮官も楽しんで、細かいことは気にしてなかった
私たちにとって重要なのはただひとつ
未知の物語を楽しみ、新たな設定の数々を解き明かすこと
シナリオ担当ですら知らない物語を一緒に体験する
ものすごくワクワクした!
この世界は私にとってご褒美なので、元の世界へ帰るその日まで、存分に楽しんだのだった
帰る時は指揮官ともども泣いたよね
生涯忘れることはない、とても素晴らしい日々だった……!