夢見る少女のように、私を憧れの眼差しで見る者たちよ
王の雛たちよ
私もかつてはそうだった
だがそれでは王にはなれぬ
憧れを己の強さと民への愛に変え、ここまで昇ってくるがいい
私は誰の挑戦でも受けよう
我ら魔族は実力主義
ゆえに勝ったものが王となる
しかし、己のために戦うなかれ
現王と戦うというのは、自らが王になるための行為ではない
あくまで王に相応しき者を決めるための儀式である
現王に勝ち、新王になったからには、民のために生き、民のために邁進し、民に信頼されねばならぬ
決して己の欲に飲まれず、王の使命を全うするのだ
そして、王として不断の努力を続け、その果てに敗れたならば、ただ去るのみ
それこそが我らの道
私はここに改めて、我が命を民のために捧げ、民がこの地で生き続けられるよう、この身を賭すことを誓おう
諸君も王を目指すのならば、民のための王であることを肝に銘じ、驕ることなく己を高めていくのだ
私が敗北し、王たる資格を失う日まで、私は王の名に恥じぬ存在で居続けよう
諸君も、王座に相応しき魔族となれ
炎の魔王 フレア・グラム
峰暦865年 6月1日 建国記念祭にて
「散歩の時間だよ!
さあ行こう!」
絶対に散歩なんて行くものか
私はカーペットで横になって寛ぐんだ!
「ほら、おやつあげるよー」
私は誇り高きマルチーズとして、決してご主人の思い通りにはならないぞ
おやつごときで私の心は揺るがない
「ねえねえ、そんなテーブルの下に隠れないでよ
散歩好きじゃん」
たしかに私は散歩が好きだ
大好きだ
けど、今回ばかりは絶対に行くわけにはいかない
なぜなら、私はカーペットの上でゴロゴロしたい気分だから
散歩の気分じゃない
ちょっと眠い気もするし
「クーちゃん、寝るより散歩のほうが楽しいよ?
散歩しよ?」
いかにご主人が相手でも、その提案だけは受け入れられない
私はこの場から動く気はないんだ
「わかった
じゃあもう強制的に連れて行くよ!」
あっ、ご主人が本気の目をしている!
うわぁやめてぇ!
「ほら、さっさと出てくる!」
私は知っている!
本当は散歩じゃないんだ!
私にはわかるんだ!
「ほら暴れない!
どうせ車で行くから、抵抗されても多少は平気なんだよ!」
うわあああ!
やっぱり!
車で行くってことは絶対に散歩じゃないよ!
いやあああ!
病院には行きたくないいいい!
注射は嫌だあああ!
あああああ!
水たまりに映る空は、暗かった
夜のように暗いわけじゃない
薄ら明るい空だ
見たことはないけど、宣伝番組で見たホラー映画の空って、昼でもこんな暗さじゃなかったっけ?
ということは、この水たまりの先はホラー映画の世界に繋がっているのではないか
そう考えると、なんか覗くのが怖いな
たとえば、水たまりに映る僕の後ろで、青白い顔を長い髪で覆った女の人が、髪の隙間から恨めしそうな目を覗かせてこちらを睨んでいるんだ
驚いて後ろを振り向くと、そこには何もいない
そうして安心して水たまりに視線を戻すと、やはりまた恨めしそうにこちらを睨む女の人がいる
けど、さっきと違って水たまりの向こうはとても明るくて、僕のいる方は、昼なのにいつの間にか薄暗い
慌てて顔を上げ、後ろを向くと、恨めしそうな目と僕の目が合ってしまい……
あぁ、考えただけでも恐ろしいね
ホラーが苦手なくせにこんなことを考えるなんて、本当に何をやってるんだか
たまにこういうことがあるんだ
普段は貧弱なのに、嫌なことを考える時だけ想像力が異様に強まることが
残念なことに自分の想像が全く頭から離れてくれない
怖すぎてしばらく水たまりを見たくなくなっちゃったよ
どうせ水に映るなら、水たまりに映る暗い空じゃなくて、ウユニ塩湖くらい鮮やかな空を見たいものだね
そこなら、ホラーな想像とは無縁だろう
それにしてもまったく、今日は眠るのに苦労しそうだ
僕はホラーが苦手なんだってば
あの時、君が僕を選んでくれたのは、恋か、愛か、それとも……
だが、そんなことはどうでもいいのだ
過去の君がどんな気持ちで僕を選んだのか
それは今、二人が恋をし、愛し合うことに対して、なんの問題も生み出さない
だから、そんな顔はしないでほしい
君は過去の自分の気持ちについて、なにも気にする必要はない
今この時、僕と君の心が繋がっているのなら、それで充分だろう
もしかしたら君はあの日、傷ついた僕に哀れみから手を差し伸べてくれたのかもしれない
だからといって、僕たちの関係が嘘になるわけではないんだ
始めはどうでも、僕たちが育てた絆は、絶対に本物なのだから
君が後ろめたさを感じているのなら、僕がそんなことを考える気も起きないくらい、もっと楽しい日々にするよ
僕は君の笑っている姿が好きなんだ
だからもう、そんなことで悩まなくてもいい
君が幸せなら、僕はそれで満足だから
厄災の化身
世界を滅ぼし、リセットするために現れる悪魔
その力を宿してしまった者は、破壊の意思に支配され、人類の敵となる
人でありながら、人類を抹殺する存在と化してしまうのだ
誰に力が宿るかは、誰にもわからない
ただ、誰であろうと、力が宿った者を止めなければ世界は終焉を迎えるだろう
悪魔の展開する恐るべき魔法が完成すれば、人はこの世から消滅する
だが、希望がないわけではない
世界を滅ぼす力に目覚めた者がいるのなら、反対に、世界を救う力に目覚めたものもいる
それが私だ
必ず、人であった悪魔の魔法を阻止し、世界を、人類を守る
「誰も私を止めることはできない
お前に世界は救えない
おとなしく破滅を受け入れ、残された時間を有意義に過ごせ」
悪魔は冷酷な声で私に告げる
凄まじい殺気と魔力
世界を救うのは、だいぶ骨が折れそうだ
だが、退くわけにはいかない
「救えるさ
私には負けない理由がある」
「理由?」
「約束だよ
覚えているか?
君がまだ悪魔になる前
私が力に目覚めた時、私は君と約束しただろう
必ずこの力で、みんなを救うと
私は果たせない約束はしないんだ
だから、私は絶対に負けないよ」
そう
約束したのだから、私は勝つんだ
勝って世界を救う
そして、君のことも救ってみせる
君を、悪魔の心から解放し、人間へと戻す
だから、全てが終わったら、また一緒に暮らそう
母として、いつまでも娘を厄災の化身のままでいさせるわけにはいかない
ほんの少しだけ待っていてほしい
君との幸せな日々は、必ず、取り戻すから