逆さまは、左右反転でも上下反転でも同じ「逆さま」。
だけど、日本においては右が「正(順)」に対して、左が「逆」に当たる。左利きは「ぎっちょ」と呼んだりする。
でも、赤ちゃんの動きを見ていたら、みんな生まれて間も無くは手の左右差どころか、手と足の区別も特に無いのではないかと思う。とにかく自由に動かしている。
四足獣の犬に「お手」を教える時、頭部側の片足を挙げるか、人間の手のひらに載せたら成功と我々人間は思っているが、犬にしたら「足の裏を人間の手のひらに載せたら喜んでやがる(笑)」と思っているのかも。
眠れないほど楽しいことも、眠れないほど辛いことも、幸いにしてかまだ未経験なもので、眠れないほど◯◯の体験談は書きにくい。
でも、眠れないことの言い換えで、好きな言葉がある。
「まんじりともしない」である。
「まんじり」は「ちょっとだけ眠る。ウトウトする」という意味で、「まんじりとする」「まんじりともしない」で
「ちょっと眠った」「ちょっとも眠れなかった」の肯定と否定の両方の言葉となる。
「まんじり」って、なんか響きが良くないですか?
カタカナで書くとなんかの魔法の呪文みたいで。
『勇者はマンジリを唱えた!』
『でも、効かなかった!』(笑)
夢は寝てみるもの。
ちなみに、夢は脳が睡眠中に行う情報処理の副産物である。生まれてから現在まで、意識・無意識関係なしに
入手された莫大な情報整理のほんの一部分なので、内容が支離滅裂なのもそのためである。
なるほど、これまで入手された情報整理‥‥では、殺されかけたりケガしたりと言った夢は、一体なんの情報なのか?
もしかして、これって脳からの挑戦状?
じゃあな
また明日
バイバイ
さようならに相当する言葉は結構あるが、実際に「さようなら」と言って別れたことはない。さようならって、自分ルールで別れのレベルがコッテリ濃度の時にしか使ってはいけない感がある。
それに対して、とても使いやすくて丁寧な言葉がある。
それは「お疲れ様でした」。
この言葉には、労いの意味と相手への敬意とあっさりとした別れの挨拶の三つの要素が盛り込まれている。
自分的流行語大賞である。
光と闇の狭間と聞いて、思い浮かぶのは夜の雷。
あれ、落雷の爆音も怖いが、パッと光ってから落雷するまでの『間』が一番恐怖心をかき立てる。
光った! 来る‥ まだ‥ ‥まだ‥!?‥‥‥ あーーー!!!!!
‥今だに、落雷は大の苦手だ。
ちなみに、落雷に当たって死ぬ確率は0.0012%。対して交通事故で死ぬ確率は1%。本来なら雷より自動車の方を100倍恐れるべきなのだ(笑)。