『弱い』でも『小雨』でもいいのに、『柔らかい』と表現するのは、雨が日本人に愛されてきた証拠だよなあ…と、分かったような、分かってないような(多分こっちの要素が8割)ことを考えた。
じゃあ、『硬い』雨とは何か?
ーそりゃ霰(あられ)か、雹(ひょう)だろ。
そう真っ先に思いついた自分は、やっぱり分かってない方の人間でした。
一筋の光とは、絶望の中における希望の光とも考えられるらしい。
四方を壁に囲まれた、まさに四面楚歌の状態において、その壁のどこかににわずかに空いた穴から差し込む光、と言ったところか。
自分なら、それに安心するんじゃなくて、その光の穴を拡充して、ぶっとい筋の光にしてやるわ!と思った。
なんなら、そこの広げた穴から脱出してやろうか?!
以上、酔っ払いの戯言でした。
哀愁と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは
某バンドの『サウダージ』でした。
でも、サウダージの意味は、哀愁でなく郷愁でした。
意味は違っていたけれど、すごくいい曲なんです。
共感してくれる方、明日いいことありますように。
もはやいつからかも覚えていませんが。
私は外出先で自分の顔をチラッと確認したい時、手鏡ではなくスマートフォンのカメラ機能を使うようになっていました。
スマートフォンのカメラ機能はマルチタスクの一つですが、手鏡は自分を写すためだけの道具です。
そんな手鏡を使って、鏡の中の自分と対峙している人は、自分の存在を大切にしている人だと思います。
そんな貴方は、すごくかっこいいですよ。
あのね。
眠りにつく前にね、布団の中で温めておいた湯たんぽは、布団の外に出しておかないといけないよ。
なぜって、低温やけどをしてしまうからだよ。
布団の中の湯たんぽの上に冷えた足を乗せるとね、なんとも言えない心地良さと温かさで、あっという間に眠りの世界に誘われてしまうのさ。
そうなると最後、足がじっくりローストされてしまうってわけさ。
ちなみに、私の足首にはウェルダンの焼き目が二つもある。
マジで気をつけてね。