少女N

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5/16/2024, 12:17:46 PM

人間にとって、愛とは強力なエネルギー源らしい。

昔から大人しく地味だった幼なじみが、彼氏が出来た途端に、垢抜けて明るくなった。
不仲だった知り合いの夫婦が、子供が出来た途端に仲良し家族になった。
いつも笑っていた男友達が、嫁の浮気で離婚した途端に、よく泣くようになった。

愛とは、すごいエネルギーのようだ。

愛を知らずに育った私は、"愛のエネルギー"とやらに大きな興味を持った。

まずは、幼なじみのように、彼氏を作った。
彼は、よく笑って、よく泣く、私と正反対の人だった。
正反対のほうが、反発力とかで愛のエネルギーが大きくなるんじゃないかと思い、彼を選んだのだ。
告白したのは私からだった。
彼は、自分からしたかったと言って、彼も私に告白してきた。
そのまま初デートも初体験もすませて、プロポーズをされて、夫婦になった。

恋人になっても、夫婦になっても、私は愛が分からなかった。

次に、知り合いの夫婦のように、彼との子供を作った。
もともと不仲だったわけではないので、"愛のエネルギー
"は実感できなかった。
子供に対しても、特に何も感じず、出産は二度としたくないと思っただけだった。

その後しばらくして、彼に離婚を提案した。
彼は呆気にとられていた。
理由が分からない、悪いとこがあったなら治すから、とやっと寝付いた子供を起こさぬように小声で抗議してきた。

理由なんてただ一つ、

「あなたに愛を感じなかったから。」

彼は力が抜けたように座り込んだ。
子供にも愛を感じなかったので、ほしいならばあなたに譲る、と言うと彼は黙って頷いた。

こうして私は、"愛のエネルギー"を得ることが出来ないまま、男友達と同じように、彼と子供と別れた。

離婚届を役所に出す時も、涙がでることなどなかった。
会いもしない子供の養育費を稼ぐことについても、苦痛に感じることなどなかった。

しばらくして、彼は他の人と結ばれた。
どうやら、その彼女はバツイチ子持ちの彼に対しても優しく、素敵な人のようだった。

ある日、デパートで買い物をしていると、黒ずくめの男たちが押し入ってきた。
その男たちは、私を含め、ほかの人たちを拘束すると、銃をちらつかせた。

「少しでも動いたり、声を出したら、撃つ。」

明らかな殺意と揺るがない決意を感じ、私は肝が冷えた。
そんな時、どこかで女性の呻き声がした。
静かな空間に響くそれは、男たちを刺激するには十分すぎる声だった。

「約束、破ったな?」

にやりと気味の悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと声の方へと歩み寄る。
あぁ、こいつらは、ただ見せしめにする相手をを探していたのだろう。
きっと、誰一人として動かず喋らずでも、因縁をつけて、誰かしらは犠牲になる運命だった。
その子供一人で私の命が救われるのならば、それは喜ばしいこと。
そんな薄情なことを考えながら、最期に顔くらいは見ておこうと、声の方向へ顔を向ける。

見覚えのある顔が二つ、声の主を守るように男たちの前に立ちはだかっていた。

「妻は、妊娠中で、陣痛が来てしまったみたいなんです!俺はどうなってもいいので、妻だけは見逃してください!」

彼は、よく笑って、よく泣く、私とは正反対の人で、涙を流しながらも、死を受け入れようとしていた。

「お母さんと妹をいじめないで!」

あの頃よりも成長したその子は、短い腕をめいっぱい伸ばして、自分の母親とその妹を守ろうとしていた。

男たちは、そんな家族愛を見せつけられてなお、にやにやと口角をあげている。

「四人も手にかけなきゃなんて、悲しいなぁ。でも、喋ったお前らが悪いんだぜ?」

銃口が、彼へと向けられる。

「待って!!」

どこからか、耳をつんざくような大声と走る足音が聞こえた。

「私が、彼らの代わりになります。」

一体どこから、と考えていると、すぐ近くから声がすることに気づく。
私の口から、その声は聞こえていた。
勝手に漏れだした言葉を引っ込めることも出来ずに、男たちをじっと見つめる。

「...いいぜ。」

一人の男が、笑みを浮かべたまま答えた。

「ただし、五人分の罰を受けろよ?」

男たちの笑顔が今まで以上に醜くなった。



まずは、呻き声すら出せないように、舌を切られた。
次に、涙が流れ出ないように、目を潰された。
それから、自分を守れないように、腕をもがれた。
そのあと、お腹の命を奪うかのように、腹を殴られ犯された。

私は我慢強かったから、舌を切られなくても、声を出すつもりはなかった。
私は悲しいというのを感じないタイプだったから、目を潰されなくても、泣くつもりはなかった。
私は罰を受けると自分で宣言したから、腕をもがれなくても、自分を守るつもりはなかった。
私は妊娠していなかったから、腹を殴られ犯されなくても、お腹の命が散ることはなかった。

最期に、頭のど真ん中に、ひやりとした銃口が当てられる。
すすり泣くあの家族の声が聞こえる。
せっかく命拾いしたのだから、声をあげてはだめじゃないか。

「どうして...」

懐かしい彼の声を、残った私の耳が拾う。
どうして?どうしてだろう。
現状、何とか頭に詰まっている脳みそで考えを巡らす。
そうしてふと思った。

彼を愛していたから駆け出した。
あの子を愛していたから声をあげた。
彼らが愛する彼女を愛そうとしたから痛みに耐えた。
愛する彼らの元に来た、愛すべき命を愛してみたかったから命を差し出した。

私は思わず笑みを浮かべた。
命さえも惜しむことなく捧げてしまった。

愛があれば何でもできる?
いや違う。

「... ぃ...、...ぇ、ぉぃ...」


何でも出来るのが愛なのだ!


バンッ!と大きな音がなった。
まるでクラッカーのようなそれに祝福された気持ちで、私は愛すべき人たちに別れを告げた。





『愛があればなんでもできる?』

5/12/2024, 4:30:26 AM


僕は今日も愛を叫ぶ。
開けられることのない窓に向かって、体の底から声を出す。





『愛を叫ぶ。』

4/23/2024, 12:56:41 PM


『今日の心模様』

4/18/2024, 4:40:45 AM


『桜散る』

4/17/2024, 1:49:04 AM





『夢見る心』

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