「酸素」
別に吸うても味も香りもしないでしょうが
嬉しい時には香ばしく
心配事があるとチリチリ辛い
やってしまった後悔の苦さ重さよ
どろりと背中にのしかかる圧よ
ゆっくり深呼吸して
痛む胸をさすりながら
悲しみの位置を酸素と探ろう
辿りついた酸素は
二酸化炭素に変わり
私の代わりに
淋しいとつぶやく
「夢を描け」
最終の便で戻って来た
いちだんと大きな星をポカンと見ながら
ずり落ちるボストンバッグの持ち手を肩に戻しながら
何処に旅していても
私の家の鍵が鞄にあるように
何をしていても
手離せない夢はある
胸の奥に星が輝き続けている限り
未来が消える事はない
いつか扉を開くまで
夢の鍵を握りしめて
「sweet memories」
むかし家にあった おもちゃの手押し車
押して歩くと アヒルの顔が
首を上げたり下げたり
そんな風に
幸せと後悔と
日だまりと痛みと
交互にひょこひょこ顔を出す
無表情なアヒルの木切れの顔が
憎らしく見えてくる記憶の反復横跳びだ
好きだった その記憶だけ
覚えていたいのに
「どんなに離れていても」
しばらく河原の石だった
上流から ごろんごろん
他の石とぶつかり合ったり 離れたり
転がり落ちる間に 割れて剥がれて
剥き出しの尖った表面が
川底に刺さりながら また落ちていく
気がつくと河原だった
星が出ていた
あの時剥がれた からだの一部が
遠い空から見下ろしていた
ここから海へと運ばれるのか
光に問うても答えは出ない
河原の自分にも飽きたら
今度は自分から転がるのもありかもしれない
それも良いねと
遠くで欠片のあなたは笑うだろう
「芽吹きのとき」
あたたかな雨がわたしを濡らす
土の中で丸くなり眠っていた私は
かろうじて 多分まだ人
泥だらけの身体を起こして
ずり上がったシャツをジャージに入れ直せば
流石に立ち上がらなくちゃいけない
待たせてごめんねと言わなくちゃいけない
根気強く 返事をくれたあの人に
それが嬉しくもあり やれやれとも思う
おい 起きてるかい
どうやら春だよ
隣の畝に呼び掛ける私は
かろうじて まだ生きている