「虹を渡りたいだって?」
淳は一瞬おどろいた顔をすると
「無理に決まってんだろ。バーカ。あれは水滴のスクリーンに光が当たってるだけだ」
私と同じ6才なのに、淳は物知りだ
淳の言葉の意味がわからなかった私は「バカ」だけ聞き取った
そして数秒後にバカにされたことに気が付き、腹がたった
「もし渡りたいんだったら、肉体を捨てて、自由意志で動ける、水滴か光の粒子になれば渡れるかもな」
「何言ってんのかわかんないよ!じゃあ渡れる虹を淳が発明してよ!」
「無茶言うなよ…」
「発明して!発明して!ねぇ!」
私が泣きじゃくると、淳は困った顔をした
「例え渡れたとしても、雨の中みたいなものだから、ビショビショになるよ?嫌でしょ?風邪ひいちゃうの」
淳は私にもわかるような言葉で宥めてくれる
私は淳のこういう所が好きだった
「だからほら」
淳が前方を指差す
「虹は見る方が絶対いいよ」
虹の架け橋が二人を包むように大きなアーチを描いていた
親友と喧嘩した
きっかけはとても些細なことだった
しかし、お互いにヒートアップした結果、私は言わなくてもいい暴言まで吐いてしまった
あれから一年、私は大学生になっていた
スマホのチャットアプリには、一件の通知が常に残っている
高校卒業式の日に届いた彼女からのメッセージを、意地っ張りで強突く張りな私は無視し続けた
今はもう、怒ってなどいなかった
それでも、メッセージを開くのが怖い
卒業式のあの日、私は仲直りする最後のチャンスを失ってしまったからだ
もし今メッセージを見てしまったら、彼女との関係が本当に終わってしまう気がした
私が読まない限り、残り続けるのだ
私と彼女を繋げてくれる
既読がつかないメッセージとして
「秋色って何色?」
小学生の息子が聞いてきた
我が息子ながら、賢い質問だ
秋の季節に感じる色とか、よく目にする物とか雰囲気のことだよと答える
「ふーん、じゃあ白色とグルグルだね」
うーん?
白?赤とか黄色とかじゃなくて?
そんなものあったかな?
それって何?と聞く
「台風」
…今度、嵐山に連れてってあげよう
巨大隕石が地球に近づいているらしい
明日衝突する可能性が50%とからしい
衝突したら、人類は滅亡するらしい
各地で暴動が起こっているらしい
らしいらしいらしい
本当は、今日死ぬ予定だった
天井から吊り下げたロープを首に掛けたはいいものの
一向に机から飛び降りることができない
この世にいたくないのに、あの世に行く決心すらない
その時に、つけっぱなしだったテレビから隕石のことを知った
「もしも世界が終わるなら、きっと私は幸せ者だね」
超自然に、あの世に連れていってもらおう
だから、世界が終わるまでは生きてみよう
もうちょっとだけ生きてみよう
そう決心して、私は眠りについた
どのくらい時間がたっただろう
眠りから覚めても、いつもの天井だった
隕石は落ちなかったらし…落ちなかった
不思議と、絶望感はなかった
世界が生まれ変わって見えた
一度滅びかけたのだから、当然といえば当然だ
布団から起き上がり、ロープを片付ける
ご飯を食べて、部屋の掃除をする
久しぶりに、外出でもしてみようか
世界が終わるまでは、生きると決めたのだから
僕は靴紐をうまく結べない
いつもはマジックテープで誤魔化しているけど
今日はサッカーの大会
試合中、解けてしまった靴紐をなおす
焦らず、ゆっくり、時間をかけて
試合後、仲の良い同級生に声をかけられた
「サッカーって動き激しいんだね〜」
そして一枚の写真をスマホの画面に写した
「これ、唯一のシャッターチャンス。うまく撮れてるでしょ」
画像には、しゃがんでいる自分
「待ち受けにしようかな〜なんて」
そう言った彼女の顔は少し赤かった
ドクンという心臓の音
その音とともに、指に絡まっている細い紐に気付いた
彼女の顔よりももっと、そして恐らく僕の顔と同じくらい赤い紐だ
この紐だけはしっかり固く結ぼう
決して解けないように