もう二度と、やることはないと思っていた。
「次は〜!サイドステップ〜!
それから〜っ!ボックス〜!」
「はぁ……はぁ……
もーっダメだ!!しんど!!」
床に引いたヨガマットに大の字に倒れ込み、
スマホの動画サイトから流れる
ダンスの練習の動画をタップして止める。
昔はもっと踊れてたんだがなぁ。
社会人になってからまともに運動なんて
していないから、これだけへバるのも当然か。
上がった息を整えながら、
情けなさにふっと笑いか込み上げる。
「ちょっとお父さん、リビングで踊らないでって言ってるじゃない!
掃除の邪魔!」
妻に言われ、ちょっとムッとする。
自分だって、ドラマをここで見てるじゃないか。
そう言い返せば喧嘩になることはわかっているので、私は静かに自室に戻る。
「ほんとに、なんでまたダンスなんか……」
ブツブツと小言を言う妻の言葉が聞こえ、
まぁ、そうだよなぁと他人事のように同意する。
絵に描いたような冴えないサラリーマンの私が、小学生から中学生まで、ダンスサークルに入っていたなんて、想像も出来ないだろう。
辞めたきっかけは引越しだった。
環境の変化で習慣も変わる。
私は周りに馴染むのに必死で、ダンスからは自然と遠ざかっていった。
それまでの興味だったと言われればそれまでなのだが、
ある動画サイトで「昔やっていて楽しかったことを思い出してみてください。それがあなたの本当のやりたいことです」と言っているのを聞いて思い出した。
ダンス…やりたかったんだろうか。
引越ししなければ、あのまま続けていたんだろうか。
周りらは「かっこいい!」「センスある」と評価されていた。
プロになっていたかもしれない。
飛躍しすぎだ、と小さく笑う。
歳は取った。
テンポの早い曲だと、体がなかなかついていかないのも事実。
でも…。
『なんでまたダンスなんか……』
いいじゃないか、やったって。
許してくれよ。
趣味を楽しむことくらい。
二度とやらないと思っていたことをやり直して、
こんなにも満たされているんだから。
END
どんよりとしている。
私はうんざりしてため息をついた。
「ほんと、気分下がることばっか」
イライラした気持ちを 吐き出すように声を出す。
仕事は真面目にやっているのに評価されないし、恋人ともこの前喧嘩をしてしまった。
おまけにお気に入りのマグカップも割ってしまった。
テン下げな出来事満載である。
それでも働かなきゃいけないから何とか踏ん張ってやっと迎えた休日が、曇りだなんて。
「あー、だめ。
なーんもやる気しない」
こんなことでウジウジしている自分が情けなくもあるが、どうしたってそうなってしまう。
それでも、このままではいけない……
休日を無駄にするわけには……
「……フレンチトースト食べたい」
そうだった。
私は予定していたのだ。
今週末にはフレンチトーストとコーヒーを淹れて、まったりするんだと。
よし、と重い腰を上げて
キッチンへ向かう。
バター、牛乳、たまごに砂糖…
材料を揃え、黙々と料理していく。
バターと砂糖が溶けた甘い香りに、自然と頬が上がる。
こんがりキャラメリゼも作り、家の中にある1番
トーストが映える食器を取り出し盛り付ける。
「今日くらいはいいでしょ」
自分に言い訳をして、たっぷりとメープルシロップをかける。
お気に入りのマグカップにコーヒーを淹れ、
カフェっぽい音楽をかけて席に着く。
「う〜ん!!
美味しい〜!!幸せ……!!」
フレンチトーストをゆっくりと堪能し、
コーヒーを飲みながら一息ついて外を見る。
さっきと変わずの曇り空だが、少し日差しが見えてきた。
END
誰かしら?
こんな時間に。
そんなこと、考えなくたってわかってる。
インターホンのモニター画面は敢えてみない。
だって、せっかくこんなにドキドキしてるんだもの。
このお洋服、かわいく見えるかしら?
髪型は?
玄関へ向かう足が早くなる。
胸の高鳴りも同じくらい。
笑顔の準備なんか必要ない。
だってそうでしょ?
ドアを開けたら、あなたがいるんだもの。