こうして生活ができている以上、
夢を追うことに意味がないのは分かっている。
就職して以来、仕事に集中して見ないふりをしてきた。
それでも、心があっちをを向いてしまうのだ。
いつか、叶う日が来るのだろうか。
あの人は出て行ってしまう。
「いかないで……っ!」
必死に手を伸ばすが、届くことはない。
「……はっ!?」
目覚まし時計は午前7時を指している。
「しまった、遅刻する!」
リビングの机に置いてあったスティックパンの袋を掴んで家を出た。
目尻に溜まった涙を雑に拭った。
窓の外を見つめて、ぼーっと考えごとをする。
ここ最近、何度も同じ夢を見ている。
「どうしたの? 隈できてるよ」
「ちょっと寝不足で……」
「夢ならたまに見るけど……。起きたら忘れてるからなあ」
どこもまでも続く青い空を、
箒に乗って飛んでいく。
前世で思い描いた夢が、
ようやく叶った。
季節が夏から秋に変わり、少し肌寒くなってきた。
そろそろ冬物の服を出す時が来た。
押し入れを開けると、特有のむわっとする木や衣類の香りがした。
「冬服は……あった」
押し入れの下の段に仕舞われた収納ケースを引っ張り出す。すると奥の奥にある、謎のケースが目についた。ラベルがないため中身がわからない。一応、確認のため、開けてみることにした。
中身は、制服や鞄など高校時代に使っていた物だった。
狭い教室で、好きなバンドの曲を練習した。
結局、アイツは高校時代に付き合い始めた彼女と先日結婚した。
結婚式に出席してくれと頼まれた時の、複雑な心境をまだ少し引きずっているのかもしれない。
アイツと過ごした高校生活は
もう少し押し入れにしまっておこう。
張り切って髪を金髪にし、眼鏡からコンタクトに変え、ピアスを開けたものの、高校デビューには微妙に失敗してしまった。
いや、野暮ったい前髪に分厚い眼鏡であだ名が『メガネ』だった中学時代を思えばだいぶ良くなったというべきか。
どうして、いつの時代もクラス分けは理不尽なのか!
俺はアイツの隣に立つために、足りない学力を必死の受験勉強で補い、家から少し離れた学校に通うことに反対する両親をあの手この手で説得し、兄のファッション雑誌を読み漁ってイメチェンし、ここまで来たのだ。いっそのこと、学力順に振り分けられているのであれば、諦めがついたのに。
(どうしよう)
考えていると、アイツが
「オレ、軽音部に入るわ」
と言っていたので即入部を決めた。
音楽は、授業以外で触れたことがなかった。
小さい頃に少しだけピアノを弾いていたが、女子が多い中に男子が1人だけだったので、気恥ずかしくなってすぐにやめた。
初めて触れたギターに、心が震えた。入部した動機は不順なのに、俺は音楽に夢中になった。
文化祭ではバンドを組んで好きな曲を演奏した。
とても盛り上がった。
幼なじみのアイツに、彼女ができた。
引き攣る表情筋を無理やり操って
「そっか、おめでとう」って言った。
今日は部活は休みで、アイツはバイトだ。
なんとなく家に帰る気分じゃなくて屋上に来た。
昼休みにはよく来るが、放課後に来るのは初めてだった。日差しが弱くて少し体が冷える。
今日は風が強い。俺のちっぽけな歌声なんてあっという間に攫われてしまう。むしゃくしゃして、どうしようもない感情を歌と共に吐き出すが、ぜんぜん減る気配がない。それどころか、次々と腹の底から湧いてきて心を揺らす。挙げ句の果てに涙まで出てきた。
そのまま声が枯れる歌い続けた。気がついたら暗くなっていた。体はすっかり冷え切りっている。
案の定、次の日は風邪を引いた。