記憶を失ったと告げられた
何も知らず、何も思い出せない
でもずっと夢に見る人がいる
夜明けの空のような美しい瞳を私に向けて
優しい声で「大丈夫」だと言ってくれる
きっと私の大切な人なのだろう
忘れてはいけないはずなのに
ずっと側にいたはずなのに
ねぇ、あなたは誰なのですか
こんなにも愛しく感じているのに
どうして思い出せないの
愛しています、ごめんなさい
抱いてはいけない想いを手紙に綴った
貴方に気づいてほしいなんて
こんな身勝手な願い、消えてしまえばいい
誰かを愛することがこんなにも苦しいなんて
愛されたいと願うことが
こんなにも心を引き裂くなんて
愛はいつでも暖かくあるものではないと
誰も教えてくれなかった
心から貴方を愛しています
この世の全てが輝かしく映るくらいに
でも、貴方は知らないままでいい
貴方に書いたこの手紙の行方は
貴方ではなく、静かに揺らめく炎の中に
「どうして私と仲良くしてくれるの?」
木の葉の合間から燦々と降り注ぐ陽光の中
貴女は美しい緑色の瞳を私に向けた
彼女はこの森を護るエルフと呼ばれる存在で
しかし人間からは異端の象徴として恐れられていた
「どうしてって、私たちは友達だもの」
私は貴女に微笑みを返した
私の愛する森を護る貴女に
私に優しさと愛をくれる貴女に
今この瞬間だけは安心してほしかった
「ありがとう、私の側にいてくれて」
ふいに貴女がそう言った
私は突然の言葉に驚いてしまう
お礼を言うべきは私の方なのだから
だって、私は人間で
貴女は私を嫌ってもいいはずなのに
どうして貴女はそんなに暖かいのだろう
「私の方こそ感謝しています、ありがとう」
「ねぇ貴女、もし私が消えてしまっても
ずっと側にいてくれる?」
ある日、貴女は花を眺めながらそう言った
「それって、どういう…」
思わず呟いた私の言葉に
貴女は悲しそうに微笑んだ
「私は、この森を護るエルフだから」
私はその言葉を聞いて、ある昔話を思い出した
森を護るエルフの最期
それは自身がその地を守る大樹になる
「まさか、貴女はもう」
私の言葉に貴女は頷いた
「ずっと長い間、私はこの森を守ってきた
ずっとずっと、独りだった
でも、ある日貴女が来てくれたの」
貴女は私の手を取って
私の瞳をまっすぐ見つめて微笑んだ
「ありがとう、私に優しさを、愛を、
暖かさを教えてくれて
本当に、本当にありがとう」
貴女の体温が消えていく
貴女の姿が消えてしまう
そんな、待って、行かないで
心には貴女を引きとめる言葉ばかり溢れてくる
でも、決して口には出さなかった
代わりに、もっと強い想いを伝えよう
「私の方が、ずっと感謝しています
ありがとう、仲良くしてくれて
ありがとう、側にいてくれて
優しさも愛も暖かさも
貴女が、貴女こそが私にくれたものだから」
「ねぇ貴女、私ね、物語を書いてみたの」
森の中にあるひとつの大きな大樹の下
目を閉じて、燦々と降り注ぐ陽光の中で
私は貴女に微笑みかけた
「この物語を見たら、皆わかってくれるかしら」
私の大好きな森を守る、大好きな友達のお話を
もう疲れてしまった
貴方を追いかけ続けることが
貴方だけを見つめることが
溢れる愛を叫ぶには
心が離れすぎたみたい
私の声はもう届かないけれど
せめて、貴方の信じた道を進めるように
貴方が幸せでいられるようにと
決して陰らぬ星に願って
花はいつか枯れるもの
私を置いて消えてしまう
そして貴方も
いつか、いなくなってしまうのでしょう
そう言って寂しそうに微笑む貴女が
酷く哀しく見えたから
私は貴女に花束を贈った
造花を、永遠の花束を
例えニセモノだとしても
この花が枯れない限り
貴女を愛していますと言って