どうしても、手の内で転がして投げて遊びたくなる果物。
古代中国では親しい人に果物を投げて愛情表現をする習慣があったらしいので、いつかは私の愛すべき人に蜜柑を投げて贈りたい。
(241229 みかん)
冬休み初日に、風呂場のドアが壊れた。
正しくは、ドアのレールが経年劣化により破損した。まさか長年蓄積されたカビや汚れを排除しようと、念入りに掃除したら壊れたという流れではなくて本当に良かった。
こうやって冷静に振り返っているが、数時間前まではドアを上手く戻せずに、周囲に撒き散らすように罵詈雑言叫んでいた。2時間も、2時間もレールにはまらないドアに向かって罵倒していた。
こんな年末があって良いのか、いやそれだけは絶対に嫌だと完璧主義の私が許さなかった。
だが夕方になれば腹が減る。人間どんな感情であれ空腹には抗えない。
カロリーメイト4本を腹に満たしたおかげで、ようやく頭が回り、浴室のドアの部品を交換すれば良いとネット注文をして今眠りに就こうとしている。
年末年始も働く人への感謝は尽きないが、20年も家の者の入浴を愚痴ひとつ溢さずに見守ってきた折戸にも労わらなければならない。
(241228 冬休み)
漆の手形。
漆黒の手のひら。
射干玉のたなごころ。
濡羽烏の指先。
黒檀の手先。
黒き手の魔力に虜になったのは、いつからだったか。
物心ついた時には男女年齢問わず、黒の手袋を覆った人手に目を奪われていた。
たおやかな指先も、ますらおな手先も、その双方を兼ね揃えた手つきも、みな黒一色に染まると芸術品になってしまう。
うちなる影を手のうちに落としているからだと観れば、なるほど、だから相対して中性的な美を感じるのか。
(241227 手ぶくろ)
うろこ雲から積雲に移ろいゆくことも
星が凍てつく煌めきを放っていることも
母子の頬にそっくりの林檎の赤みが熟れたことも
炎天下舞う蝶の羽ばたきの風が止んだことも
虫の音から寝息が聞こえてくることも
自らの息の色が冬景色を彩る美しさになることも
気づかずに、変化なき生き物はいないと言えようか。
スマートフォンを見ても、AIに聞いても、
変わりゆくものの答はそこにはない。
(241226 変わらないものはない)
犬は暗闇の家に戻ってきた。
リビングの一角にある犬小屋に入る。
小屋の中にあるパソコンを見つめて息をひそめる。
そうして、橋の下から産まれた鬼子の帰宅を怯えながら見届ける。
鬼子がいなくなればおやつの時間だ。
3秒に1個消えるケーキを貪り、歯と舌と喉をぐちゃぐちゃと鳴らす。
飼い主が用意した餌には手をつけられない。
犬だから火に怯えて点けられない。
電気もガスコンロもマッチの点け方も何度しつけても覚えられない。
その癖にタバコのライターの点け方は知っている。
そもそも餌の場所さえも覚えられない。
どんなにご馳走を用意してくれても、飼い主が直々に用意したものでは無いと食べられない。
そう勝手に自分で自分をしつけている。
母は叫ぶ。ご飯よとイヤホンを差す犬にそう叫ぶ。
犬は生返事をして、ネットの掲示板に遠吠えを打ち込む。
月に吠えない犬に、セント・ニコラウスからの金貨は贈られなかった。
(241225 クリスマスの過ごし方)