作家志望の高校生

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12/20/2025, 7:34:45 AM

僕は、柄にもなく一人の男に視線を釘付けにされていた。
容姿端麗、眉目秀麗。勉強をさせれば全科目学年1位、運動をさせても軽くこなす。誰もが認める完璧な男が、僕だった。自分にはそれなりに自信もあったし、事実それなりにモテた。僕自身が恋愛に無関心だったから、告白してくる有象無象は全員フったが。
そんな僕が、一目惚れ。自分でも信じられなかった。彼が教室に入ってきた瞬間、体の隅から隅まで、全細胞が彼に集中するような気がした。
転校してきた彼は、着崩した制服に微かに香る紫煙の匂い、なぜかいつもどこかしらに貼られたガーゼに、気怠げに伏せられた鋭い眼光を湛える瞳。誰がどう見ても不良だった。彼の噂はたちまち学年中に広まり、転校する前に喧嘩で人を殺しかけただの、警察沙汰になっただの、あることないことがまことしやかに囁かれていた。
けれど、そんなのが全て耳に入らなくなるくらい、顔がタイプだった。僕は面食いなのだ。どれだけ不良だろうと、顔が良ければ全て許せる。
僕はその日から、何かにつけて彼に絡むようになった。大抵は鬱陶しそうにあしらわれて終わりだが、たまに気が向くのか都合良く使われている。財布代わりだったり、足としてだったり。本来なら怒るような扱いだろうが、顔がいいのでオールオッケーだ。僕のベタ惚れ加減は次第に広まり、面倒だった告白も減っていった。一石二鳥である。
そんな、ある日。僕は、ちょっとした理由で酷く拗ねていた。家族に誕生日を忘れられたのである。祝いの一言も無く、本当に何もない日のように誕生日が終わった時、何故か僕は酷く酷く傷付いて、こうして翌日まで不機嫌さを引きずっていた。友人は誕生日を祝ってくれたが、僕の機嫌は中々直らない。自分でも面倒なのは分かっていたが、それでも機嫌を直すのはできなかった。
「……なぁ。」
初めて、彼から声をかけられた。いつもはうざったいほど話しかけてくる僕が、今日は一日中机で不貞寝していたから、きっと不自然に思ったのだろう。傍にいた友人が恐る恐る事情を説明すると、彼は鼻で笑ってその場を離れようとした。普段なら許せるそれも、今日は腹立たしく思えて、いっそ涙さえ溢れてくる。隠すようにさらに深く机に突っ伏すして鼻をすすると、手のひらに何かひやりとしたものが触れた。
ちらりと顔を上げると、彼が何かしている。
「……なに……」
「他の奴に教えんなよ。あと無駄に連絡はしてくんな。」
何を言っているのか分からず手のひらを見ると、彼の連絡先のフレンドコードと思しき数字の羅列がマジックペンで書かれていた。
「え、こ、これっ……」
彼は小さく笑って、ペンで僕の頬をぐりぐりと押し込みながら言った。
「誕生日おめでと。」
一発で機嫌を直した僕は、相変わらず彼に絡んでいる。携帯のチャットアプリの友達欄は、新たな連絡先が一つ、追加されていた。

テーマ:手のひらの贈り物

12/19/2025, 7:42:57 AM

忘れたい、忘れられない人がいる。昔、公園で出会った男の子。笑顔が可愛くて、ヒーローが好きで、太陽みたいに眩しい子。あの笑顔を、それを曇らせてしまったあの日を、僕は一生忘れることができないでいる。
たぶん、出会ったときからだと思う。僕は、彼が好きだった。あの頃は友達だと思っていたけど、今思えば友達なんかよりずっと好きだった。他の何より大切で、僕にとっての一番はいつだってあの子だった。
保育園も別、家も知らない。母親の顔も見たことがないし、他の友達がいるのかも知らない。公園に行けばいつもいて、僕が帰るまでの数十分、遊ぶだけの友達だった。けれど、その数十分が1日のどの時間より楽しくて、僕は毎日、今日は何をしようかと心を弾ませながら公園へ向かっていた。気が弱くて虐められていた僕に、たった一人、笑って絆創膏を差し出してくれた子。僕は、彼が好きだった。
そんな、ある日。僕は、彼を酷く傷つけた。理由は覚えていない。きっと、子供にありがちな些細な喧嘩だった。おもちゃの遊び順だとか、砂場の山を崩したとか、そんなの。でも、そんな下らない喧嘩が、僕らの間に永遠に埋まらない亀裂を作ってしまった。
それから僕は、彼と顔を合わせることも無くなった。公園に行かなくなったんだ。少し大きくなれば、僕にもたくさんの友達ができて、他の楽しいことを知って、僕は彼のことをどんどん忘れていった。でも、あの日の酷く傷ついたあの顔だけは、ずっと心の片隅に突き刺さったまま、抜けなかった。
どうして急にこんなことを思い出したのか。高校の入学式を終えた僕は、ぼすりとベッドに倒れ込んだ。
間違えるわけがない。あれは、きっと彼だ。今日、入学式の時に目の前に立っていた男の子。身長も、髪型も、何もかも昔と違うけれど、見間違えるはずがない。右目の下の泣き黒子と、項についた小さな傷痕。幼い頃のある日、彼が教えてくれた傷。
心の片隅でずっとずっと想い続けていた彼は、思ったよりも、拍子抜けするくらい普通の男子高校生だった。昔抱いていた彼への幻想も、全部まやかしだった。
でも、彼は今、そこにいる。あの日の傷付いた顔は、もうどこにもない。それだけで僕は酷く安堵して、心の片隅に刺さったまま、膿んでどうしようもなくなった傷が、少しだけ和らぐのだ。
話さなくていい。傍にいるのは僕じゃなくていい。彼が笑っている。それが、僕の心にある小さな傷を塞ぐ、唯一の絆創膏だった。

テーマ:心の片隅で

12/18/2025, 7:17:10 AM

しんしんと雪が降り積もる街の中、帰宅ラッシュの人の波に逆らうようにして、俺は人駅へ向かっていた。
何も見るところが無いベッドタウンの駅は、帰宅時になれば駅から降りてくる人ばかり。こんな時間から電車に乗るような変わり者はめったにいない。その例外が俺なのだが。
物珍しそうな駅員の視線を受けながら、ゆらゆらとこの身を電車で揺らした。少し離れた都市へと、疲れたようなサラリーマンと参考書をめくる学生で満ちた車内に一人乗り込んだ俺はまるで異物だ。周りの人々はそこまで気を配る余裕が無いのか、誰もこっちなんて気にしていやしない。そう思えば、少しは気も楽だった。
そうしてしばらく揺られ、着いた先で人々の波に乗りながら電車を降りる。もみくちゃにされそうになりながらホームを出れば、うっすらと雪の振りしきる中、もうすっかり誰も気にしなくなった駅のイルミネーションに目を奪われつつ、俺は早足でそれを後にした。
空も真っ暗になった頃、ようやく目的地に辿り着いた。目的地は、赤十字の光る病院。面会に来たと名前を伝え、病棟の中を歩く。薄暗い病棟内は何だか不気味で、街の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「……ん……入るぞ。」
少しだけ重たいドアを開けると、真っ白で無味乾燥な病室の真ん中、入院着を着た幼馴染が寝そべっている。返事は無い。当然だ。数週間前事故に遭った彼は、術後まだ目を覚ましていないのだから。
「……今日は雪振ってたよ。駅前のイルミネーションももう点いてた。」
日常の些細なことも、全部話して聞かせる。ほんの少しでも興味を持って、そのまま起き上がってはくれないかと淡い希望を持ちながら。
面会時間が終わるまで、俺はずっとそこで下らない話を一人でしていた。返事も無い、反応も、相槌も無い。前はうるさかったコイツの声も、もう忘れかけてしまった。
「……早く、目覚ませよな。」
お決まりのセリフ。いつもと変わらない、結局彼も目覚めないまま病院を後にする。
雪は、まだ振り続いていた。積もる雪が音を吸ってしまったかのように、街は酷く静かだ。
あの病室と変わらないような静けさが嫌になって、それを突き破るように足音を立てて走った。その音さえ雪に飲まれて、数秒後にはまた静寂が広がる。
溢れてくる涙が落ちるのを視界の端に映しながら、残酷な程の静寂に、俺はどうしようもない寂寥を感じては足を乱雑に振り下ろしていた。

テーマ:雪の静寂

12/17/2025, 7:16:31 AM

ぽつぽつと帰宅する者も出だした職員室、俺は一人頭を抱えていた。何人かの先生は気を使って声をかけてくれたりもしたが、大っぴらに相談するようなことでもないし曖昧に笑って誤魔化した。
新任の自分が担当するクラスは、基本皆とてもいい子だ。多少、自習中うるさいだとか授業中に内職していただとかで報告という名のお叱りは受けても、大きな問題行動は耳にしない。そんな中で、一人だけ俺の頭を悩ませる生徒がいたのだ。
彼は、別に不良なわけではない。成績はむしろいい方で、提出物の出はあまり良くないが、よく居る一般的な生徒だろう。けれど、とにかく心配になるのだ。進学という方向は辛うじて決まっているものの、行きたい学校も、分野も、大まかな将来の夢すら決まっていない。他の先生は普通だと笑うし、俺だって彼でさえなければそう思う。でも、彼はあまりに無気力すぎて気掛かりなのだ。
吹けば飛んでいきそうな彼は、未来への展望が何も見えない。そのせいなのか、彼自身に生きようという気概があまり見られないのだ。死ぬなら死んでいい、何かあったら死ねばいい。そんな危険な思想がちらついていて、ふわふわとした足取りが酷く不安定に思える。
だから、毎日毎日、俺は頭を悩ませていた。そんな中。ある知らせが入ってきて、俺は少しだけ、本当に少しだけ動揺した。
街の小さな絵画コンクールからの知らせだった。彼の作品が、そこで大賞を取ったという。いつの間に、なんて言葉が喉元まで出かけて飲み込んだ。その場では彼に賞状を手渡して少しの間褒めるだけに留めて、後日そのコンクールの展示会場へ作品を見に行った。
でかでかと飾られた彼の絵は、冷たい無機質さの中にどこか温かさを孕んでいて、素人目に見ても綺麗だった。何層にも塗り重ねられた絵の具の層をじっと見つめ、彼が少し見出したらしい未来を思う。
少しだけ未来へ歩き出したような彼に、俺は小さくガッツポーズをした。直接俺のせいではなくとも、彼がどこかで何かに触れて、それに光を見出してくれたことが堪らなく嬉しい。
彼の描いた未来への小さな光を眺めながら、俺は近付いてきたテストに向け、また生徒達と向き合おうと心に決めた。

テーマ:君が見た夢

12/16/2025, 7:06:34 AM

こつりと、爪先で小石を弄ぶ。塾帰りの夕暮れ、日はとうに落ちきって辺りは薄暗い。けれど何だか帰りたくなくて、公園のベンチでかれこれ1時間はこうしていた。
少し前にコンビニで買ってきたホットココアは、もう周囲の冷たい空気に温度を奪われて冷えている。重い息を吐きながら、また意味もなく小石を蹴飛ばした。
「君、そこで何してるの?」
眩しい光に顔を上げると、巡回中の警察官のようだ。親に連絡されるのでは、とか、補導されたら成績に響くかな、とかあらゆる不安が頭を駆け抜ける。
「こんな暗いとこいたら危ないでしょ。」
そう言った警官に腕を引かれ、俺はひとまず交番に連れて行かれた。交番内部では数人の警官が何か作業をしていたが、俺を連れた警官が入るとその手を止め、こちらへ近付いて来る。
「お疲れ。その子は?」
「雰囲気的に家出的な感じかなぁ……」
困ったように笑いながら頭を掻く彼に毒気を抜かれた俺は、ぽつぽつと話し出した。学校の雰囲気がなんとなく合わないこと、未来が不透明に思えて不安なこと、進学進学と押し付けられることへの不満、その全てを、警官達は静かに聞いてくれた。
「……そっか。ちょっと疲れちゃったか。」
そっと、控えめに頭を撫でられる。きっと、同性だから触れることへのハードルが低かったのだろう。その手にひどく安心して、何より求めていたものをもらえた気がして、俺は柄にもなく涙が止まらなくなった。
その後お茶を貰って、しばらく交番で温まった俺は家まで送ってもらった。特に未来のことが決まったわけでも、不安が解けたわけでもない。
でも、こうして優しくしてくれる大人はまだまだいるのだと思えた。それだけでよかった。
俺は何度も振り返って警官にお礼を言って家に戻り、明日のためもう少しだけ頑張ろうと机に向かった。相変わらず勉強は嫌いだし、進学先だって分からないままだが、明日への足取りは、少しだけ軽くなった気がした。

テーマ:明日への光

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