俺はあの日、あの腐りきった世界の中で、何より眩しく光る太陽を見た。
まだ小さく何の力も無かった俺をただ拾い、教養とこの世界での生き方を教えてくれた。あの人がいたからこそ、俺は人として生きることができた。全うではなくても、日の下を歩くことはできなくても、それでも良かった。元々、俺は綺麗な人間じゃないから。だから、せめて俺を受け入れてくれたこの街のための必要悪になれればよかった。
でも、それが今変わろうとしている。俺は目の前に瀕死で座り込んでいる子供を前に、延々思考を巡らせていた。もちろん、この街に住む子供なのだから救ってやりたい気持ちが大きい。けれど、いざ自分が光の真似事をしようとするのが怖いのだ。汚い自分がどれだけ真似たところで、それは偽善にしかならないのではないかと。本質的にこの子のためには、ならないのではないかと。
目の前の子供の容態は悪化していく一方で、ウジウジ悩んでいる暇もなさそうだ。俺は上等なスーツが汚れるのも、部下の制止も構わずその子を抱き上げた。腕の中の重みが、やけに高い体温が、怖かった。
案の定身寄りの無かった子供を、俺は引き取った。俺一人で育てきる勇気なんて無かったから、忙しいという大義名分で誤魔化して、ほとんど部下に丸投げだったと思う。
それでも、不慣れな料理や寝かし付けもしたし、学校で高熱を出したと電話があれば会談を飛び出して迎えに行った。そんな努力は、案外子供にも伝わっていたらしい。
結婚式の会場、一番前で子供の晴れ姿を見ながら、過去とともに不意に浮かんだ涙を拭う。男ばかりの組織で、あーだこーだと騒ぎながら育てたのが遠い昔のようだ。
あの日か細い息をしていた子供は、すっかり端正な顔の男に成長した。花嫁から家族への手紙の後、花婿からも読まれるものだから驚いてしまった。
俺はどうやら、あの日俺を救ってくれたあの人の光に、太陽に、少しでも近付くことができたようだ。彼は俺を星と評した。か弱くても、頼りなくても、確かに確固たる光を放つ星。そんな風に見てくれていたのだと、また一粒、涙が頬を伝った。
テーマ:星になる
国境付近の小さな村。辺鄙で何の変哲もない村だが、暖かく平和な良い村だ。
そんな村では、国境付近というその性質上、隣国の鐘の音がよく聞こえる。教会の教えを重視する隣国では、鐘の音を聞く頻度も高いのだ。
別に、何も不便なことはない。鐘の音は村人にとっては時報のようなものであった。特に気にすることもない、日常の一部。そのくらい、あの鐘の音はこの村に馴染んでいた。
それが変わったのは、去年の夏頃だった。隣国で政権が変わったらしく、あまり教会の教えも重視されなくなったようだ。以前は隣国中に響くよう鳴っていた鐘の音もささやかなものになり、村に響く鐘の音は幽かなものになった。村人達は少し残念そうにはしたが、隣国は隣国。お上がそう決めたのだと、何も言わなかった。
ところが、政権交代から1年後。隣国との戦争が始まった。村のある国の方が圧倒的に国力で勝っていたため、辺鄙な村であるここまで徴兵令が飛ばされることはまだ無かった。
しかし、戦火はその限りではない。戦火が最も飛びやすいのは、国境沿いの小さな地域。村は、隣国に狙われた。
これまで鐘の音を聞いて生活してきたせいで、どうしても村人達は隣国の兵士を赤の他人だと切り捨てられなかった。当然、命がかかっているのだ。何人もの敵国兵を斬り伏せたし、攻め入ってきた小軍隊とは本国の本部に救援を頼んでまで応戦した。
しかし、ここで斃れた彼らを、ただ腐らせるような真似は村人にはできなかった。かつて教会の教えを守り、同じ鐘の音を聞いてきた彼らを、せめて弔ってやろうと。
そして、村人は村に残された幾つもの遺体を火葬してやった。隣国とは文化が違うかもしれない。あの鐘の教会とは違った見送りの仕方かもしれない。それでも、自分たちなりの方法で、彼らを見送ってやった。
まだ、戦火は盛りを上げている。現在も村のある国の有利で進んでいるそうだ。それでも、今日も毎朝、農作業や家事の前に、共同墓地の前で手を合わせる村人の姿はある。そんな彼らを慈しむ、美しかった本来の教会の、本来の隣国の考えを示すかのように、か細い鐘の音が一つ、寂れた村に響いた。
テーマ:遠い鐘の音
雪が昔から好きで、よく周りからおかしいと言われた。周りの子どもも雪は好きだったが、僕の雪に対するそれは少し異常だったようだ。
周りの子どもは、あくまで雪で遊ぶのが好きなのである。雪そのものではなく、友達と雪玉を投げ合うこと、雪の塊を積み重ねて雪だるまを作ることを楽しみとしている。けれど、僕は違った。雪の結晶の形が、光を反射する具合が好きで、つまるところ雪そのものが好きだった。
そんな僕は、美しい雪を壊すことができなかった。だから、当然子供たちの遊びにも混ざれない。新雪を握って玉にすることは、僕にとっては花畑から乱雑に花々をむしって握り潰すようなものだったのだ。野蛮で、不可解で、僕は空を飛び交う雪玉を見る度悲しくなった。
転機があったのは、中学3年生の時。小学校から大して変わらないメンバーの中に、新顔が入ってくることになった。普段刺激のない田舎の中学で、しかも転校には不自然な時期。すぐに話題はまだ見ぬ転校生の話で持ちきりになった。
友達のいなかった僕は聞き耳を立てることでしか知れなかったが、それでもそこそこの情報は入ってきた。転校生はどうやら男、都会の名門校らしいところからわざわざ転校してくるらしい。
話題性に富んだ転校生がついにやって来た日、彼の姿を見た誰もが言葉を失った。彼は、あまりにも美しすぎた。普段うるさいサッカー部の男子も、すぐ男を好きになる一軍気取りの女子も、彼の前でだけは本気で見惚れて何も言えなかった。
彼はアルビノらしく、肌も髪も、睫毛も何もかもが透き通るように白い。その端正な顔の一番目立つところに嵌め込まれた2つの赤い目は、雪兎の目のよう。
彼は僕にとっての理想そのものだった。賢く、物静かで、冷静。そして何より、その雪をそのまま具現化したような容貌。あの時、僕はきっと本気で彼に惚れていた。
現実はアニメや漫画のように都合良くは回らないし、ラブコメみたいなお決まり展開だってない。僕らの間に大した接点は無かったし、そのまま中学卒業までの短い数カ月を過ごしただけだった。
それでも、彼は僕の心に深く深く焼き付いている。雪が降るたび、雪の結晶を愛でる度、僕の心はまた、あの鮮烈な赤に縫い留められてしまうのだ。
テーマ:スノー
「ねー、明日乗るのちゃんと予約取ったー?」
「取ったって……何回聞くんだよ……」
ドタドタと一人騒がしく荷造りをしていた彼が、一回階段を下りる度に聞いてくるものだから、さすがにそろそろうんざりしてきた。
「しょうがないじゃん!自由席の揺れマジヤバいんだって!」
「あっそ……つかケチって自由席乗ったお前の自業自得だろソレ。」
喧しい荷造り音が聞こえる2階から、何か幼稚な反論が聞こえたような気もした。当然無視したが。
明日は、少し羽根を伸ばして旅行へ行く予定なのだ。このうるさい同居人は、俺の中学時代の友人。バカでうるさくて子供っぽいが、中々憎めない。さてそんな彼は、散々早めにしておけと言ったはずの荷造りを案の定後回しにして痛い目を見ているらしい。
「おい、パスポート忘れんなよ。洒落になんねぇ。」
「さすがに忘れないって!」
不満げに言ってくるが、中学時代、コイツは鞄を丸ごと家に置いてきた前科持ちである。信用ならない。
深夜になってようやく準備が完了したようで、2階が静かになった。この調子だと、旅行初日の朝に寝坊する未来が見える。
まだ朝日も昇らない時間、スーツケースを持って家を出る。向かうのは、各国に配置された銀河鉄道の駅。
「…………ねむい……」
「だから荷造り先にやっとけって言ったろ。」
眠気に目を擦る彼の体を揺さぶり、パスポートを翳して改札を抜ける。既に駅に着いていた電車に乗り込むと、自由席はほぼ満員だった。
俺達は予約席なので、自由席の喧騒を後にしてゆったりと席に座る。広々としたボックス席は、少し値は張ったがやはりその分リラックスできる。
「月って何有名?」
「確か色々あるぞ。餅とか蟹とか。」
がたりと音を立てて動き出した列車に期待を膨らませる俺達を乗せ、列車の汽笛が夜空に響き渡った。
テーマ:夜空を越えて
「今日で俺ら会ってから15年らしいよ。」
「…………おう。」
だいぶ反応に困ることを突然言われたものだから、それしか言えることが無かった。1年目のカップルだとか、10年目の夫婦だとかならまだ分かる。そんな関係なら当然祝いたいだろうし、節目もつけたくなる。しかし、俺らはただの幼馴染、しかも同性。祝う気にもならないし、祝う必要性も感じない。
「感心薄くなーい?」
「ダル絡みうざ……」
肩に纏わりついてくる彼を押しのけ、だらりと姿勢を崩してソファに深く沈み込む。一応ここは彼の家だが、数えたらキリがないほど通ったせいでもはや第二の我が家である。我が物顔で携帯ゲーム機を独占しつつちらりと顔を上げると、不貞腐れたような彼の顔が見える。コイツは俺に何を期待していたんだ。甚だ疑問には思うものの、聞いても碌な答えは返ってこないだろう。そう思ってあえて無視していると、さっきより明らかに拗ねた様子の彼が口を開いた。
「どーせ俺のことなんてどうでもいいんだー……15年も一緒にいるのにどうでもいいんだー……」
放っておくと余計面倒なことになりそうな気配を感じ、俺は適当に機嫌を取る方向へ舵を切る。
「あー……いや、ほら……悪かったって。今お前と何しようか考えてたとこだから……」
さすがにこの程度じゃ騙されてもくれないと思っていたが、奴はこちらが呆れるほどチョロかった。母親の買い物についていく子供のような目で見られた俺は後に引けなくなって、結局少し高めのケーキを奢ってやろうと彼の手を引いて立ち上がり、そのまま玄関へ向かう。
コイツと手を繋ぐなんていつぶりだろうか、なんて考えながら歩いていると、ふとずっと昔の記憶が蘇った。俺達がまだ出会って間もないような頃、親の手違いで家を閉め出された俺の手を、彼がこうして引いてくれた。
左手に伝わる、記憶の中と少しも変わらない体温がどうにもおかしくて、俺はきょとんとする彼を半ば引きずるようにして洋菓子店まで駆けていった。
テーマ:ぬくもりの記憶