あれ、今日って「バレンタイン」?
お菓子を手にした君が口にした言葉。
まさか私が渡すまで気づかなかったなんて。
昨日の夜から、どれだけ緊張してると思ってるんだ。
君に渡すだけで精一杯で、授業だって集中できなかったのに。
それなのに、忘れてたなんて。
「どうせ貰えないだろうから」
「はぁ?何それー、まぁ嬉しいけど」
と言ってさっそく袋から取り出そうとしている。
別に告白する予定はなかったからいいけど。
遠回しには伝えてみよう、とは思ってた。
でも、無理そうだ。これだけでもう頭がいっぱいだ。
「で、一応聞いておくわ」
「何?」
「これ、何チョコ?」
「へ?」
「ほら、あるじゃん。義理とか友とか」
意外にも、向こうから聞いてきた。これは痛い。
義理や友と答えてもこの後がない。
正直に答えても後が怖い。どっちにいっても無理。
でもせっかくのバレンタインだ。
この日はこの時のためにあるんだから。
「義理でも友でもない、かな」
"また「この場所」で会おう"
高校の卒業式、彼が私に言った言葉だ。
毎日学校に通うために座ったバス停。
ここが、二人の特別な場所だった。
普通に見れば、ただのバス停だ。
でも二人はそう思わなかった。
いつもの集合場所。ここに来れば、会える。
そんな場所だったんだ。だから大人になっても
変わらず、ここを集合場所にした。
そして約束した。またここで会うと。
だけどそれは叶わなかった。
待ち合わせ場所は変更となってしまった。
"待ち合わせ場所、空に変わっちゃったね"
「病室」の窓から見る景色はどうだい。
窓の外にある大きな木に座っている少年が尋ねてきた。
「最悪だよ。特にその木、大きすぎて邪魔。」
と答えた。すると少年は少し笑った。
"酷いなぁ。僕はこの木、結構好きなのに。"
だからそんなところにいるんだ、と思った。
"ねぇ、知ってる?この木、桜なんだよ。"
気づかなかった。今はすっかり緑に染まっていたから。
「そうなんだ。」
僕は俯きながらそう言った。
"知らなかったなんて残念。次の春までお預けだね。"
と少年ははにかんだ。
「次の春」か。待ち遠しいね。
そして病室には、無機質な音が鳴り響いた。
「明日、もし晴れたら」
普段より早く起きて、布団を干そう。
それから、家を掃除しよう。
いつもより少しだけおしゃれをして、
電車に乗って遠いところに行こう。
お腹が空いたら、見つけたお店に入ろう。
それからね、街を歩こう。
色んな景色をこの目とカメラに収めよう。
誰もいない砂浜で海を独り占めしよう。
裸足になって波打ち際を歩こう。
沈んでいく太陽を見て、涙を流そう。
明日、もし君が僕のことを見えていたら、ね。