夏緑樹林

Open App
8/5/2024, 1:57:37 PM

「鐘の音」

人は一目惚れをした時、頭の中に鐘の音が鳴るという。

そんな訳ないと内心バカにしていた。

ある日、君を一目見た時、鐘の音なんて聞こえなかったから。

変わりに感じたのは頭を鐘で殴られたような、強すぎる衝撃だった。

やっぱり鐘の音なんて聞こえないじゃないか。

僕は今でも信じていない。

一目惚れした時に、頭の中に鐘の音が鳴るなんて。

8/5/2024, 8:26:34 AM

「つまらないことでも」

毎日がつまらなくなる時がある。

同じことの繰り返しが苦になる時がある。

刺激を求めようにも、周りの環境や自分は簡単には変われないし変わらない。

ただ、同じことの繰り返しが自分を保ってくれていることもある。

朝、目が覚めて起きてしまえば、顔を洗う。

顔が洗えたら、ご飯を食べる。

そうやって、1つ1つやっていくことで、なんとか1日を終えることができる。

今日もつまらないことが私を保ってくれている。

8/3/2024, 4:11:38 PM

「目が覚めるまでに」

まだ夢の中。
まだ、君と手を繋いでいられる。
今日こそは目が覚めるまでに、君の名前を呼びたい。
そんな僕の願望を知ってか、君の輪郭が次第にぼやける。

ぼやける君に続くように、目覚まし時計が僕を呼ぶ。
起き上がり、君を反芻する。
夢の中で繋いだ手の感触や君の柔らかい笑顔を、細部まで覚えていられるように思い出す。

──我ながらキモイなぁ。

現実では、話したこともないただのクラスメイトの君と僕。
君は僕の名前を知ってくれているだろうか。
僕は君の夢を見てしまう程、君に夢中だ。
君の夢を見ているなんて、知られたら気持ち悪がられるに決まっている。

現実と夢とのギャップが辛い。
あわよくば、君が話しかけてくれたりしないだろうかと、
君が読んでいた本を僕も読んだ。
前髪をあげたセットが好きだと、偶然聞いてしまった友達との会話。聞いたその日には、髪の毛のセットを練習した。
だが、成果はまるで得られない。
ひよっている自分が情けない。

──今日こそは絶対に話しかける!

と意気込んだのも、もう何回目か分からない。
だが、その意気込みは今日、裏返った声の挨拶となって君に届いたのだった。

8/2/2024, 4:45:54 PM

病室―思春期だから―

なるべくゆっくり歩いて、ひいおばあちゃんの病室に向かう。
「早くおいでよ。」
急かす母の声にも曖昧に返事して、私は依然としてゆっくり歩く。
──もうすぐ着いちゃう。入りたくない。
ついに病室の前まで来てしまった。なるべくゆっくり歩いたつもりでも、入口からたった数メートルの距離にある病室は、1分程しか私に時間をくれない。
ひいおばあちゃんに会いたくない訳ではない。ただ見れれば、それでいいのだ。

病室の中からは、先に入った母の声が聞こえる。
「おばぁちゃん、来たよー! 私の事、分かる?」
ゆっくりと大きな声が響く。
軽度の認知症があるひいおばあちゃんは、母の事を自分の姉妹だと思っている。
「分かるよ、お姉ちゃんでしょう。」
「違うよー!」
と、笑う母を見て私はますます病室に入るのを躊躇う。
「今日は、A子も連れて来たよー。」
そう言って病室前にいた私をひいおばあちゃんの近くに引っ張る。
「ほら、おばあちゃんに挨拶して。」
体全体にぐっと力が入るような気がして、喉が詰まる。
言葉が出てこない。
「久しぶり、、だね、体調、大丈夫…?」
何とか声を振り絞る。当たり障りのない言葉しか出てこないが、そんな事よりもあまりのぎこちなさに自分で笑ってしまいそうだ。
なんとか振り絞って出た私の言葉はひいおばあちゃんには届かず、ただ私の顔を不思議そうに見るだけで、何とも返してこなかった。
「もっと大きくゆっくり話さないと、おばあちゃん分かんないでしょ。」
母に指摘され、恥づかしさが込み上げる。
顔が暑い。涙が溜まる感覚がはっきりと分かってくる。
「そっか、そうだね、、私喉乾いたから自販機行ってくるね。」
と、泣きそうになるのを早口で誤魔化し、病室から出る。
──無理。無理。帰りたい。
なんで、私のことを分からないひいおばあちゃんと話
さなくちゃいけないの。

恥づかしさが苛立ちに変わり、どうしようもなくやるせない。今のひいおばあちゃんを受け入れられない。だって、いつも私の頭の中にいるのは、認知症になる前のひいおばあちゃんなのだ。
プリキュアの塗り絵をしても、日本人形のような色の組み合わせだったり、りんごは絶対に塩水に漬けてだしてくれたりする。いつも髪の毛が綺麗だと褒めてくれた。眉毛はいじっちゃいけないよと口酸っぱく言われた。そんなひいおばあちゃんが大好きで大切な存在だった。
でも、今のひいおばあちゃんは違う。
ベッドにいることが多く、耳も遠くなっている。私のことももう誰だか分かっていない。
別人のようになってしまったひいおばあちゃんを大切にできないのだ。病室で大きな声を出してまで、今のひいおばあちゃんと話したくはない。自分のことをちゃんと認識してくれない事実と、それでも話をさせようとする母。
虚しさしか生まれず、ますます病室に戻る気を失わせる。
病室に戻る気持ちはもうない。母が病室から出てくるまで待っているしかない。
待合室のソファに腰掛け、母が来るのを待つ。ぼんやりしていると、次第にひいおばあちゃんに対しての罪悪感が私をゆっくり包んでいく。
大切にしなければいけないのは分かってる。けれども、中学生の私は、何よりも恥づかしさの方が勝ってしまう。どこかで、母のようにひいおばあちゃんに接するのを恥ずかしく思っているのだ。
「そろそろ帰るよ。」
母が呆けていた私の肩を叩き、隣に腰掛ける。
「おばぁちゃんにバイバイ言って来て。」
私の葛藤など微塵も知らない母は、簡単に難題を出す。挨拶してこなければ帰れないことを悟り、重い腰を上げしぶしぶ病室に向かう。
私は限りなく、ゆっくりと病室に向かう。1歩踏み出す度に深呼吸をするように、ゆっくりゆっくり歩く。
病室の中は、さっきと何一つ変わらない。
ひいおばあちゃんは窓の外をぼんやり眺めていた。
「そろそろ帰るね、」
とベッドから少し離れたところで一言だけ言い、病室を出る。行きとは違い、早歩きで。
ひいおばあちゃんが聞こえてたのかは分からないが今日はこれ以上、ひいおばあちゃんを見たくない。

「ちゃんと言ってきた?」
「言ってきたよ。」
下を向きながら答える。
母は私がひいおばあちゃんとちゃんと挨拶してこなかったことに、多分気づいているだろう。
少し息を吐いて母が歩きだす。
それに続き、私も歩き出す。前は見れなかった。顔を上げれば、今にも涙が零れてしまいそうだったから。
──思春期だからだ。だから恥づかしいと思うんだ。
みんな同じ状況だったら、きっと私と同じようになる
に決まってる。
そんな風に自分に言い聞かせ、病院を出る。
罪悪感は私を包んだまま離してくれない。負けないように私は言い聞かせる。思春期だから、思春期だからと。