容姿も性格も何もかも
私とあなたが同じ人間で
全く違う人だから
ほんの一瞬目を奪われた
『すれ違い』
アラームの音で目が覚める。けたたましく鳴り響く音を手探りで消して、私は顔を枕に埋めた。起きなければいけない。頭ではわかっているけれどいざ体を起こすとなるとどうにも時間がかかる。
今度は足で探ってカーテンを足先で引っ掴んだ。ぐっと蹴伸びをするとカーテンが少し開いて、窓から降り注ぐ日の光を浴びた。直射日光を浴びているわけではないのに、浴びただけで体が軽くなるから日光は不思議だ。私はようやく体を起こし、少し重くて澱んでいる空気を入れ替えようと、窓に手を伸ばした。
--クーットゥルトゥルトゥルトゥー
「なんて?」
窓を少し開くと、聞こえてきた鳥の鳴き声に思わず首を傾げた。鳴き声の主は、ベランダの柵に止まり、向こう側にいる仲間たちに何か訴えかけるように鳴いている。いかんせん早口な鳴き声だから、クートゥルトゥルともピーピロピロともツークツクツクとも聞こえる。
何度も何度も激しく鳴く鳥は、見覚えのない姿をしている。大きさは鳩くらいだろうか。よくベランダへやってくる雀よりふたまわりくらい大きい。羽の色は地味な色で、尻尾が少し長いような、標準くらいのような微妙な長さだ。
まぁ、そのうち飛んでいくだろう。
そう思って身支度を準備し始めた。
しかし、想像以上に鳥はよく鳴き続けた。顔を洗って歯を磨き、ご飯を食べて化粧まで済ませてしまった。その間、ずっと鳥は鳴いていたのだ。これだけ繰り返し鳴いているのに、結局クートゥルトゥルなのかピーピロピロなのかツークツクツクなのか、はたまたリズムすら違うのかわからなかった。
鳴き声を聞いているうちに、私はその鳥の正体が気になってしかたなかった。
飛び立たないように、そっと窓へ近づいた。掛けっぱなしのレースのカーテンに手をかけて、ゆっくりと引っ張った。
「あ、」
すると、鳥は気配を察したのか急に飛び立ったのだ。秋晴れのうっすら雲がかかった青空へ、翼をはためかせた後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。
私は結局正体が分からずじまいで落胆した。次の晴れた日にまたやってくるだろうか。
『秋晴れ』
湯船に浸かっている時だったり
髪の毛を乾かしている時だったり
動画見ながらストレッチをしている時だったり
真っ暗な部屋の中で目を瞑った時だったり
失敗したこと
後悔したこと
辛いこと
恥ずかしいこと
死にたくなったこと
短い人生で経験したことが
ふとした瞬間に蘇る
どれも鮮明だから追体験のような感覚になる
頭を振ってなんとか回避しようとするけど
時間が経てばまた脳によぎる
紙に書いたり「大丈夫」と言い聞かせたり
片っ端から試したけど今のところ効果はない
なぜこんなことばかり覚えているのだろう
繰り返し失敗する私への戒めか
ただ息が苦しいだけだから忘れたいのに
なぜ楽しい思い出は全然思い出せないのだろう
生きる糧にしたいから忘れたくなかったのに
『忘れたくても忘れられない』
包み込まれると
温かくて優しい気持ちになる
やがてウトウトと頭を揺らすと
頭上から笑い声が降ってきた
「さあ おやすみなさい 良い夢を」
彼女はひだまりのような儚い人だった
『やわらかな光』
失せ物 自ずと見つかる
部屋の四隅 チリひとつなし
鞄の中 カケラも無し
玄関前 虫の死骸に悲鳴
マンションの階段 蛾と格闘
時間 迫り来る故捜索断念
電車の中 電鉄へ問い合わせ
それらしき失せ物 何も出ず
更衣室 もしや傘立ての下と疑う
気の迷い 頭振る
インフォメーション もしや届けられていると疑う
電話越し 苦情に気落ち
家にある 言い聞かせる
絶対ある 見つけてやる
私と真希ちゃん* マジ卍
誓って通る 自動ドア
睨みつける 掲示板
隅にぶら下がる 遺失物
私の真希ちゃん 導かれる
「いやーよかったー!
ロッカーの鍵なんて総取り替えになるだろうから下手したら云万円掛かったかも。
やっぱり真希ちゃん付けといてよかった! 真希ちゃんと私、そんじょそこらの絆とはひと味違うもんね、もうマジ卍って仲だもんね。
拾ってくれたマンションの善良な住民さん、丁寧に飾ってくれた真面目な管理人さん、マジでありがとうございます!
ホントもうありがとう世の中! ありがとう優しい世界!」
『鋭い眼差し』
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*真希ちゃん
……失せ物のロッカーの鍵に付けていたキーホルダーのキャラクター。漫画『呪術廻戦』の禪院真希。